高田清太郎ブログ

ことばの小窓「雪国植物園が春を告げている!」

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すまいは巣舞
巣は形・舞は想い
想いを形に
巣舞るフォー・ユー
高田建築事務所


*    4月初旬に雪国植物園(新潟県長岡市宮本町)に行ってきた。
・    今年の春先は少々肌寒く気候も寒暖の差があり一定しなかった。しかし、この日は天候に恵まれぽかぽか空気だ。この時とばかりに多くの人々が入園されていた。
・    アクセス道路に掲げられた案内板には見どころとして雪割草が描かれていた。
・    雪解けの山にいち早く咲くのは雪割草にショウジョウバカマ・カタクリの群生が来園者を歓迎してくれる。
・    何とも見事であった。
・    ボランティアガイドのお話しが名調子のため山野草の知識が一気に高まる。正に福耳になっていくのを覚えた。
・    水芭蕉・コシノカンアオイ・ニリンソウも花を添えてくれた。
・    1時間コースがアッと言う間に3時間コースに変身。午後が深まるころの日陰は寒いくらいである。
・    その分空気は新鮮でとても生命の息吹を覚えた。
・    ガイドのおじさんから、これからは様々な山野草が楽しめます。又おいでください。
・    私たちのすぐ近くに宝の山がある。皆様もぜひ足を運んでみていただきたい処である。

 


ことばの小窓「映画:沈黙」

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すまいは巣舞
巣は形・舞は想い
想いを形に
巣舞るフォー・ユー
高田建築事務所

*    沈黙
・    映画「沈黙」を観てきた。マーティン・スコセッシ監督によるものだ。
・    遠藤周作氏の大作:「沈黙」が映画化された第一弾は1971年である。その時の監督は篠田正浩氏であり、私は大学2年生であった。
・    今回の沈黙は映画化第二弾であった。
・    どうしても46年前の沈黙の迫力は忘れることが出来ない。キリスト教土壌で無い日本人監督の目線はどのようにしてキリスト教が日本に根付いていくか?(根付くはずがない視点の様に受け取っていたようだ)
・    命を懸けた信仰:祈りに対する無言の不条理を如何に伝えるか?迫真に迫ってきたからだ。
・    私がはじめて聖書を手にしたのは高校二年の時であったと記憶している。が内容はとても理解したとは言えないが通読した覚えがある。まさに「ツーと読んだ」だけであるが。
・    高校の商業英語授業に宣教師であるアメリカ人が講師としてお出でであったことが出会のはじめであった。
・    当時の私にとっての「沈黙」は「神の不在」とイコールがテーマであったかのように思う。全く短絡化されていたのであった。
・    聖書の神である限りは「私はあってあるもの」である。ザイン「Zein」:出エジプト3:

*    「沈黙=不在」の構図は私の中で長き間くすぶっていた。
・    しかし、聖書ストーリは真逆であった。
・    沈黙を通してしか与えられない神の業・恵は人類への偉大なる愛である。
・    十字架が無ければ、復活が無ければ成り立たないキリスト教における人類救済への道でもあった。
・    十字架上でイエスは大声で叫ばれた。(マタイによる福音書:27:46)と記されている。
・    「エリ エリ レマ サバクタニ」=「わが神 わが神 何故私をお見捨てになったのですか?」
・    全人類の罪を一人十字架で背負わされた神の一人子、イエスの死と復活を通してしか贖罪が成立しなかったと
聖書は伝えている。
・    沈黙を通してしか与えられない神の業は人類へのこれ以上ない豊かな憐みの業である。
・    沈黙は雄弁よりも深く真髄を語ることがある。
・    不在の関係ではなく、より深き愛の業が現れる前兆なのかもしれない!と気づく。
・    遠藤周作氏の「沈黙」を映画化することは私にとってはとても難しすぎる。
・    「沈黙=神の存在」


*    ボンヘッファーの一日一章:主のよき力に守られて!(新教出版社 村椿嘉信訳)
・    4月5日:われわれを見捨てる神
・    僕たちは〈たとえ神がいなくても、この世のただ中で生きていかなければならない〉ということを認識することなしに、誠実であることはできない。
・    しかも、僕たちがこのことを認識するのは、まさに、神の前においてである。神こそが、僕たちにこのことを認識させるのである。
・    僕たちは「成人となる」ことによって、神の前における自分たちの状況を正しく認識するようになる。
・    神は、僕たちが「神なしに生活を営むことができる者」として生きなければならないということを、僕たちに知らしめる。
・    僕たちと共にいる神とは、僕たちを見捨てる神なのである(マルコ15・34)
・    もちろん、「神」という作業仮設なしに僕たちをこの世で歩ませる神の前に、僕たちが絶えず立ち続けることには変わりはない。
・    僕たちは、したがって「神の前で、神と共に、神なしで生きるのである」
・    神はご自身をこの世から十字架へと追いやる。
・    神はこの世においては無力で弱い。
・    しかし、神はまさにそのようにして、しかもそのようにしてのみ、僕たちのもとにおり、また僕たちを助けるのである。
・    キリストが自分の全能によってではなく、自分の弱さと自分の苦難によって僕たちに助けを与えるということは、マタイによる福音書8章17節の「彼は、わたしたちの弱さを身に受け、わたしたちの病を負った」という言葉からも全く明瞭である。
・    この点があらゆる宗教との決定的な相違点である。
・    人間がもつ宗教は、人間が困窮に陥ったときに、この世において神の力を示す。
・    ところがその場合の神とは、人間の陥っている境遇に、無理やり引き寄せられた「神」にほかならない。
・    しかし、聖書は、人間に神の無力と苦難を示す。そしてこの苦しむ神こそが、人間に助けを与えることができる神なのである。
・    その限りにおいて、〈この世が成人となる〉ということは、〈誤った神概念が一掃される〉ということであり、〈僕たちの目が解放され、その結果、この世の中で「無力さ」によって「力」と「場所」とを獲得する聖書の神を見るようになる〉ということなのである。
・    
rf:ボンヘッファー(牧師:ドイツの古プロイセン合同福音主義教会の牧師。20世紀を代表するキリスト教神学者の一人。 第二次世界大戦中にヒトラー暗殺計画に加担・挫折・処刑される)



*    「沈黙 < 存在」 
・    沈黙を見ながら言葉がやってくる・・・・・・・・・
・    モーゼが尋ねる。「あなたの名は?」声が聞こえる。「私は有って有るもの」(出エジプト記)

ことばの小窓「3(ミッツ)ション」

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すまいは巣舞
巣は形・舞は想い
想いを形に
巣舞るフォー・ユー
高田建築事務所

*    どうしてこんなに迫力とエネルギーがあるのだろう?
・    かつてTVでおなじみのジャパネットたかたの髙田明元社長の講演を聞いた。
・    と言うよりも90分衝撃波を受けたと言った方が適切かもしれない。
・    いつもは中列あたりで聞くのだがこの日は真ん前で聴講した。
・    聴講者からは笑いと拍手の渦であった。講師と聴衆者の織りなすコラボレーションステージをいつの間にかつくりあげるマジシャンでもあった。
・    2年前にトップを承継し、現在は新会社(A&LIVE)の社長としてチャレンジしておられる。きっと、生きている間リトリートはないのだろう。
・    現在68歳と言う。私より1歳先輩である。あと50年生きると言っていた。118歳でギネスにのるのだそうである。何でこんなにエネルギッシュなのだろう?
・    話はご自分の過去の足跡から本日までの生きざま講座は流暢であり、声高な話し方は衰えていない。
・    事業承継するときに大切なことが一つある。その他は良い。それは「Missyon:ミッション」である。会社の存在の意義・使命は重大である。このミッションが共有できていれば先人は何時バトンを渡してもいいと言い切られる。
・    そして大切なのは「Passion:情熱」である。熱く熱く思いを語り、「Action:行動」を起こす。

*    「ミッション」・「パッション」・「アクション」の三ションが奏でる協奏曲だ!
・    情熱を持った語り口は聞く人たちの五感をバイブして止まなかった。
・    事業経営の指南をしてくださった。感謝!

*    髙田と高田の違い???
・    私の高田の高は一つの口の上に部首の鍋蓋がある
・    一方ジャパネットたかたの髙田の髙ははしごである。三つの口の上に部首の鍋蓋である
・    三つの口には一つの口では勝てないわけだ?
・    益々の元気をお届け下さい。

ことばの小窓「ショウジョウバカマと小雪」

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すまいは巣舞
巣は形・舞は想い
想いを形に
巣舞るフォー・ユー
高田建築事務所

*    猩々袴(しょうじょうばかま)の花言葉は「希望」
・    長い冬の後にやってくる春の早い時期に花が咲く
・    今朝は3月24日庭にうっすらと雪景色である。
・    AM5:30はまだうすぐらい。
・    前日の暖かさとは打って変わって今朝は冷える。
・    雪が庭に降りた。女房に声をかけると「それは、ショウジョウバカマよ!」と一蹴された。
・    そう言えば昨年30年ぶりに我が家をリフォーミーした。その時に庭師さんの提案で庭の
一角に山野草を植えてくれた。お茶をやる女房は大喜びだ。

・    ・・・・閑話休題!
・    ショウショウバカゲタお話ですが?
・    まだうす暗い庭の白色を見舞っていると冬の忘れ物が今朝届けられた。雪である。
・    ただ一面とはいかない。この季節である。ぶち模様である。
・    私の声が出る。「ワ~雪だ!」
・    女房の返答。「それはショウジョウバカマよ!」
・    私、あっそーか?変なトーンで返す。
・    「バーババカマでした」
・    少女の時代を遥彼方に置いてきてしまったが「今楽し孫と戯れるバーバかな!」
・    お粗末でした。

ことばの小窓 「雪の贈り物」

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すまいは巣舞
巣は形・舞は想い
想いを形に
巣舞るフォー・ユー
高田建築事務所

*    朝の空気が美味しい季節である。
・    ニュースでは花粉症が今年は重いと伝えている。スギ花粉に悩まされる私は、その隙間を敏感にかぎ分ける力が付いたようである????
・    無ければ困るが、多すぎればもっと困るものな~に?
・    答え:雪国の雪!
・    豪雪で自然災害が発生するのは困る。
・    が、世界を一瞬にして白くしてくれるマジックパワーは、メルヘンチックワールドを映し出す。
・    無ければ困るスキー場・雪の祭典を待つ地方は、雪乞い音頭・除雪作業を年間スケジュールに組んでいる土木業者・
・    そして、何よりも大水田地方の越後路の稲作は、冬の雪解け水なしでは不可能である。
・    かくもかように雪は、生活者と共生している。
・    我が家の庭にも春がやってきた。残雪に残された雪遊び道具が、名残惜しそうだ。
・    雪の贈り物!

取り残されてしまった雪遊び道具

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    プロフィール

    高田清太郎

    1949年新潟県長岡市生まれ
    (株)高田建築事務所 代表取締役

    経歴を見る

    1973年
    日本大学理工学部建築学科卒。

    1976年
    現事務所を設立。

    1996〜97
    新潟大学工学部建設学科非常勤講師

    1996〜97
    県立新潟女子短期大学(新潟県立大学)生活学科非常勤講師

    2011〜
    新潟大学大学院自然科学研究科非常勤講師

    2014年〜
    長岡造形大学非常勤講師

    2003〜2004、2007〜2008、2011〜2012、
    日本建築学会作品選集支部選考部会委員

    所属
    日本建築学会
    新潟県建築士会
    新潟県建築士事務所協会
    秋山孝ポスター美術館長岡サポーターズクラブ会長
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