高田清太郎ブログ

スノーベイビィがやってきた。



エッセイ

サプライズ:雪がつくる様々な造形
=水は方円に従う、雪はその水と風に従って、百変化する。また楽しからずや!=
しんしんと降る雪は、音も立てずに静けさの内に確りと積もってしまう。一晩で1m積もってもへっちゃらな勢いである。雪国人が最も嫌う、怖い雪の降り方である。小正月15日には、とうとう津南町で3mを超えた。大雪である。
朝の雪かきをしていると通り行く人達と「降りましたね。お疲れ様ですね。気をつけてくださいね」とか、雪空が続けば「そろそろお天とうさまの顔が見たいね」とか雪が降らなければ決して出てこないコミュニケーション風景でもある。雪のお陰で、初めて会う人にも何の抵抗も無く挨拶できるから、雪国のコミュニケーション・コミュニティーはとても豊かである。
30数年も前の大雪の時に町内のおじいちゃんが一句詠んでいた。「通り行く、大方の人ら、声掛けて、いたわりあえぬ、大雪の朝」正に雪がもたらす雪国ならではの豊かなコミュニティー短歌である。
雪国に適度の雪がないと落ち着かないとも言う。大穀倉地帯である越後、それは豊かな水が育てているからである。冬に山に積もった大雪が、春には融けて信濃川に集まり田畑を潤すからである。コシヒカリは、そんな豊かな水源で作られた大逸品でもある。新潟のお酒はどれも美味い!と県外の方は口を揃える。わが町、摂田屋も信濃川の豊かな伏流水で、醸造業の町を作り今日まで歴史を育んでいる。450年以上の歴史が今も続いている。地球温暖化とエルニーニョの発達で今冬も暖冬小雪と言われていたが、降るべき物が降ってくれて何となく落ち着くのは私だけではないような気がする。このように雪国には豊かなコミュニティーが有り、産業がある。そして何よりも嬉しいのは、全ての大地を覆いつくす白布は、何ともいえない風情をかもし出してくれる。
全地を白一色で覆い尽くす雪国風景を見ると、いつになく思い出す言葉がある。イザヤ(バイブルに記されている預言者一人)書の1章である。「たとえあなた方の罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。」と、とても都合よくこの言葉を思い出すのである。抒情詩に加えて叙事詩も大地をキャンバスに描かれる。雪がつくり出すとても魅力的な造形物が、道行く人たちに華を添えてくれるのである。
それらとの出会いは朝の散歩の楽しみの一つである。どんなに寒くって、どんなに暴風雪でも出かけたい。いや寒さと暴風雪の時でなければ出会えない造形物・風景に出会えるからである。スキーが好きな人なら、樹氷の間を滑りたいと蔵王を思い浮かべるだろう。樹氷は、樹木に雪が氷着して出来た不思議な形である。樹木のオーバーコートと言ったところである。似ているようで、夫々の形は違っているからまるでファッションショーである。
リプチの森に水門柱がある。水の流れで時を知らせてくれるカスケードである。(Reプチの森)
雪が降ると様々なヘアーファッションで、リプチ通りを楽しませてくれる。今年も大賑わいである。ショート・ミディアム・ロングカットからメンズまで大披露会である。ナチュラルなカットからワイルドなもの、セクシーなものと楽しませてくれる。
会期は、結構な雪が降り太陽が出るまでのショートタームである。
そして、雪が降らなければ見ることが出来ないスノーベイビィが、いたるところに誕生するパーキングスペースのキャンバスで、繰り広げられたスノーベイビィショーの作者は、井戸水による消雪水である。(降り積もった雪を消雪・除雪しないとパーキング機能を獲得できないから融雪水を使う)
しかし、一生懸命落ちてきた雪をそんなに早く消して良いものだろうかとひどく感傷的になる自分もいることに時々気がつく。不陸のあるアスファルトに流れる消雪用井戸水は、所々に雪をそのまま残してくれる。その形がとても面白くもある。思わず目と鼻と口を付けたくなってしまう。それから一瞬のうちに成長したり収縮し消滅することは多々である。
大々的な雪上ショーは全国各地で開催されている。雪国ならでの豊かな風景である。雪国人には雪国人の楽しみがある。さて、今朝もスノーベイビィに合えることを楽しみに散歩に出かけるとしよう。

雪原の散歩はなんとも幻想的
  
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