高田清太郎ブログ

「育言」 : 言(ことば)の変幻



エッセイ

職場の教養を使って朝の朝礼を始めて数年が経つ。
基本的な挨拶・プラス志向・謙虚意識について重ねて教えられている。
ことばの持つ力は凄いと思う。我々建築屋にとってはコンセプトを整理し、物語をつくることには慣れているが新しい言葉に出会ったり、何度と無く出会っていた言葉でも初めてそのことばの持つ真骨頂に出会ったときは感動するものである。
言葉には力があり、言葉は全ての創造の始めであるから。
弊社のテーマのひとつとして「初めに言葉ありき」を掲げている。500回記念シンポジウムでもそのことを話させていただいた。
言葉は創造の原点である。言葉で感じ、言葉で考えているからである。たとえ無言でいても思考は言語思考回路を通ることを確信しているからである。歴史上にF皇帝の実験の話がある。
赤ちゃんは何も教えなかったら最初に一体何語を話すだろうか?という実験をしたといわれている。結果として食物だけを与えられても言葉を掛けられなかった赤ちゃんは次ぎから次に死んだと報告されている。言葉は単なる伝達手段ツールではなく、人の命を育むエネルギーを持っているのである。
人間は生まれた瞬間から死への旅が始まる。始まりがあるから終わりがあり、終わりがあるから続きがあるわけでもある。言葉は時を越えて成長し受け継がれて行くからである。
ことばはパワーである。エネルギーである。
日本では言葉を言と書いて”ことば”と読ませ、言霊(ことだま)と読ませた。
人を殺生するのに武器は要らない。言葉で充分だと聞くことが出来る。
職場の教養に、成績の悪い支店長に成績の良い支店長から助言があった話が載っていた。成績の悪い原因の一つは電話の声が沈んでいるからだ。もうちょっと明るい声を出せないか?と助言があった。ことばには張りがあったり萎みがあったりする。
助言を頂いても謙虚な心がないと受け取ることが出来ない。アドバイス・忠告である。
助言に対する苦言がある。クレームである。クレームを頂いた時は良い気分のするものではない。自身をもって作らせていただいた建築であればあるだけ聞く耳に耳糞が溜まってくるのである。
クレームは次の営業である。お客様との出会いであると、松下電工の元スタッフは言っていたことを思い出す。勿論その時は対応のタイミングが重大である。クレームが来たら直ぐに飛んでいく。何も無かった時にはすんなりと進んで存在感が無かったかもしれなかったものがクレームを通して存在感がグーンとクローズアップされることになるからだという。スピーディーであればあるほど好感度で受け止められる。
アドバイス(助言)とクレーム(苦言)は時に同じような意味合いを持つようでもあるが。

言葉にはロゴスとラングエッジがある。
ロゴスは言葉に魂がある。
ラングエッジは伝達手段としての言葉である。
言に様々な葉っぱをつけると言葉になる。ざわざわ音の最たるものが井戸端会議?
助言・苦言・諫言・提言・失言・無言・有言様々である。
助言ということばの助と言の間を同様な副詞・接続詞を使うかによって変わってくる。
言葉を助ける。なら、助言は説明語になったり、ボディーランゲージやジェスチャーやフェースコントロールと助け舟は様々である。
言葉によって助けられる。ならそのもの自体でもある。
諫言が無くなり、言葉が隠れんぼしてしまって、諌める人が居なかったら裸の王様になりがちである。一命を落としかねないことにも発展する。
良薬口に苦し!諌める言葉は一瞬、決して聞き触りのいいものではない。
多元的同時性次元世界の中で進むべき路や方向を判断したり、間髪を入れずに必要とされるジャッジにはとても多くの知識や智慧や時に体力も含めたエネルギーが費やされるものである。
そんな風にことばは様々に変幻していく。ことばがその人・時・場所を育てることが多々である。巣舞るメッセージ500回記念シンポジウムのテーマは「育む」であった。ことばが育てるから「育言」と言い、ことばを育てるから重ねて「育言」ということにしようと思った。
助言する人が自分の回りにどれほどおられるか?楽しい人生を送るのに比例するように思え。
苦言する人が自分の回りにどれほどおられるか?安らか人生を送るのに比例するように思え。
提言する人が自分の回りにどれほどおられるか?新発見人生を送るのに比例するように思え。
諫言する人が自分も回りにどれほどおられるか?長生き人生を送るのに比例するように思え。
育言する人が自分の周りにどれほどおられるか?その人を何倍人も大きく育て上げてくれるに違いない。
失言は 避けなければならない。言葉は命。命の言葉を失してはならないから。
“言”は様々に変幻する!
500回記念シンポジウムの内容が長岡新聞に掲載された。*リンク
育む言葉は「育言」 けだし名言である!と放った矢が帰ってくるように自分自身に言葉が勝手に語りかけてくることは楽しいことなり!

         合板にムンクの叫びが浮かんできた!  叫びは魂からのことば!?               氷の叫び!

    氷は語る:クリムトの接吻?     美女と野獣?        「祈り」 時にことばにならず、時には呻きの様に!

             アイス シーラカンス?          アイス草に眠る龍のおとしご?
             
親のすねかじり?                   かじったら腹いっぱい?

          
木々の葉っぱも様々だ!さぞかし賑々しいことであるのだろうざわめきに耳をすますせてみようか?