高田清太郎ブログ

上組小学校6年生児童の皆様にお伝えしたいこと!



建築/巣舞.間知.趣舞

町おこし・まちづくり:町は生きている。家も生きている。
* 上組小学校の児童達にお話しする機会が与えられてとても元気を頂き感激している私がいる。
・ 昨年に引き続き今年も長岡市立上組小学校の6年生児童にお話しするチャンスが与えられた。昨年は97名であったが今年は74名とのことであった。教室は満室であった。
・ 年間にそれほどでもないが私は講演依頼が来ると基本的には時間が合えば受けてしまう性格がある。それにはそれなりの理由があってのこと。単に話し好きであるからではない。
・ 普段、様々なテーマを持って毎日を暮しているのは皆同じであるが、中々普段は時間がないことを理由に自分のテーマとしていることをまとめることをしないで流していることが多々である。
・ 講演依頼を切っ掛けにそれらをまとめるチャンスと考え強制的に期限を決めることができるのである。そしてそれが次のステップへの道になるからである。
・ 例えは的確ではないかもしれないが、仕事に対する姿勢が受身的な受注ではなく能動的な創注に近いものを感じるからである。
・ 対象が変わることで話の内容が変わるのは当たり前であるが、意外にも老若男女:年代性別を問わずお話しできる共通のテーマのひとつに“町おこし・まちづくり”がある。
・ 同じテーマで話しても院生(新潟大学の建築学科大学院生の非常勤講師をさせて頂いている関係上)と話し合う内容はとても専門的なものになってしまう。リアクションもより技術的になりこれも又楽しき時間である。
・ それにも増して小学生高学年との話の時間はとても楽しい。たった45分と言う短い時間であるが一方的に話すことをせずタイムリーな質問は聞く人たちのまなざしを輝かせる。活性化する。
・ 何よりも精神年齢が同じなのかもしれない。私の子供時代に合わせながらの話である。
* そして感想文が届いた!感動・感想文である!
・ 院生の場合にもその期が終わって私の授業評価をしてもらうのであるが、それは私の次のステップになるからである。
・ 上組小学校6年生の学年主任の大川戸先生はお話を始める前に児童達にお話を聞く姿勢・態度を指導された。その中の一つに「お話の最中は決してメモしない事!そのあとに記憶に残ったことを中心にまとめてください!」とのことであった。
・ 後に先生から聞いたことなのであるが、「メモを取ることは後で見ながらまとめることはできる。つまり話を分かることはできるがお話している方の想いが届きづらい!」と。
・ ところで、私はと言えば全くのメモ魔である!と言い切ることができるからである。そんな訳で私は講演最中は必ず京大カード(B6サイズメモ用紙:18.2cm×12.8cm)を持ち、気になることを書き留めることをくせにしているから、このお話をお聞きして、ちょっと不思議に思い、同時に大丈夫かなと思ってしまった。
・ 良い言葉も書き留めないとすぐに忘れてしまう。耳で聞き、手で書き留め、目で確認する。重ねることで記憶に残そうとしているのが私スタイル!?
・ メモを取らないのだから一瞬々々のお話を確りと記憶にとどめようと言う力が働くのだろう。反対に、メモを取る人はメモを取っておけば後で見直すことが出来るからと現場では聞き取り力を落としてしまうことになっているのかもしれない。(そしてその後見直すことなどしないくせに!である。)
・ 丁度旅に出る時にカメラを持っていかないのと似ている気がした。あれは大学生3年(1971年)の夏であった。アルバイトで貯めた資金で自転車を買い、テントを買い、毎日の三食分食費(500円分)のお金を懐に北海道自転車一人旅に出かけたのである。
・ そもそも、学んでいる建築に迷いが出てきていた時期なので何かを探しに出かける旅なのであった。「自分探しの旅」であり「居場所探しの旅」であった。決して物見遊山の旅ではなかったのである。であるから、自分の眼に確りと焼き付けようと強い決意の元の出発であった。(果たしてその強い意志を確りと最後まで持つことが出来るかは甚だ不安であったが)
・ だからカメラは持たない。日記を書き、必要であったらスケッチすれば良い。
・ 世界一の長岡花火の爆風に追い立てられる様に八月四日に長岡から北海道一周自転車旅行に出かけたのである。
・ 現在の様に田圃の中の農道までアスファルトで整備されている時代とは違い、当時はまだまだ道路状態が良くなく砂利道も多々であった。暑さで頭は朦朧とし短パンから出ている足腿は真っ赤にやけど状態になった。出発初期は何でこんなことをやってしまったのだろう?途中で帰ろうと幾度となく思いながらも30日の旅は終わるのである。
・ 私の旅の中で最も思い出多き旅になったのも、きっとカメラを持っていかなかったからだと一人合点したのである。
・ 大川戸先生が子供たちにメモさせない指導に妙に懐かしさを伴った共感を覚えている自分がいた。
・ 確かにメモしない児童たちの目は下向くことはなく、結果として、しっかりとこちらを見据えていることになる。目と目が合えば話す側にも力が出る。相乗効果が出て来るのである。そんな訳で、今回も大変良い経験をさせてもらった。関係各位には感謝である。* 最近物忘れが多くなったような気がする。特に人の名前が出てこなかったり直近の事が思い出せなかったりしている。
・ 年だよとし!と誰彼からとなく言われてしまう。よく聞く話であるが、比較的最近のことを忘れてしまう忘却癖のついた人でも昔のことを良く覚えている人が多い!と言う。
・ 正にこのことだ。
・ バイブルの伝道の書を想い出す:「あなたの若き日にあなたの造り主を覚えよ!年が寄って何の楽しみもないと言う前に!」
・ 年を取ってからやることがすぐに忘れられてしまうことになると言うならば、若人よ、良き思い出を若き日に沢山つくれ!
・  年が寄っても良き思い出があふれるように出て来ることになるだろうから!?!
・ 散歩の途中でつながった。そうか、そのことだったのか!若き日にあなたの造り主を覚えよ!とは。と言葉に共振して一人ハイになっていた。

* ところで、肝心の話の内容なのであるが。
・ 与えられたテーマは「高田建築事務所がやっている“まちづくり・まちおこし!”」について話すことであった。
・ 「まち」は生きている!絶えず変化している、変化して行く!まちも年を取る!生老病死から逃れられない!それでも続いていくのはどうしてか?ホーキン博士は言った。“人は所詮DNAの運び屋に過ぎない!”と。そして止まることなく変わり続ける風景!
・ 私の話は 写真を入れながら厚生会館からアオーレに進化した長岡駅前を考える。
・ 地元摂田屋の町は醸造業の町である。おっここ市があり、人々が集まる。
・  古くなった宮内商店街の復活は出来るのだろうか?
・  旧北越銀行宮内支店が秋山孝ポスター美術館に見事リノベーションした。歴史ある建物を壊したくない。何に再生させようか人々が集まり考えた好事例であった。
・ 消える家もあり、消える町もある。東日本大震災で発生した大津波で消えた町もある。
・ 地球誕生46億年:地殻変動から火山爆発そして大津波と正に地球は大踊りしているのである。
・ それでもその土地にしかないものや人々、そんなショートスパンで生まれては消えていくかけがえのないもの・ひと達!僕らが僕ららしくまちを美しくしていくことの意義は大きい。
・ 昨年は「まちかど美術館」と称して上組小学校6年生の児童たちから高田建築事務所の木廃材を利用して工作を作ってもらい、できた作品を宮内商店街の歩道に展示して道行く人々に鑑賞してもらおうと言う企画が実行された。
・ 弊社の手掛けさせて頂いた「リプチの森」やリノベーション活動を通してまちづくりを考えてもらうショートタイムであった。

* その他に話題は家族問題・能力問題に及び、短時間の中でてんこ盛り!果たして言葉は届いたか?
・ 老人と豊人:おじいちゃんおばあちゃんは肉体的には老人でも経験や思想や哲学では豊かな人である。
・ 能力の差は?50点と100点と言う大きな差も基本点10000点を持っていると小さな差でしか過ぎない。
・ ・・・弊社の今年の重点課題は「育夢創造Ⅱ」である。児童達にお話させて頂き質問を頂き今年も新たな1ページを育むことが出来たような気がしてすがすがしい。

* 後日、感想文が届いた。直球感想文である。一人一人の顔も思いも違う様に、当然一人一人の感想文が違って輝いていた。皆の視座を確認し、視線の方向が良く表現されており次回の参考としたいところである。皆さん有難う!先生有難う!

 zzz
 弊社ヒラサワリポート! 沢山の質問の手が上がる! もっともっと聞きたいことが?起立して質問!
*沢山の感動感想文が届いた