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ニコルさん de ニッコリ!

2009.12.1

環境共生型企業立地フォーラムin ながおか

ニコルさんがニッコリ!
「みらeコラボ長岡‘09:環境共生型企業立地フォーラムin ながおか」が開催された。
ファーラム第一部の基調講演はC.G.ニコルさんであった。
このプロジェクトは長岡市西部丘陵東地区〔県立歴史博物館に近接している地域〕にて30haを環境共生の創造的モノづくり拠点にしようと言うものである。
土地の分譲販売価格は1万円/㎡以下という。坪3万円は事業誘致するにとても魅力的は価格でもある。
用途地域は工業地域!集積予定業種は「機械金属製品製造関連産業」「人間生活関連産業」「環境・エネルギー関連産業」などである。フォーラム第二部はリレートークであり、そのパネラーの一人が「産業と自然の矛盾なき共存」をコンセプトに赤城山麓でサンデンフォレスト開発にニコルさんと取り組んでいるサンデン〔株〕顧問の堀越洋志氏であった。
このような良き前例を学びながら長岡市でも里山を利用して産業との環境共生事業を立ち上げようと言う森市長の旗振りでもある。森市長はこのプロジェクトは「蟻の目と鳥の目の両方が必要である」とコメントを送っていた。
ニコルさんはご存知の様に1980年から長野県黒姫に在住し、執筆活動を行い。1984年からは森の再生活動を実践するために、荒れ果てた里山を購入し、「アファンの森」と名付ける。1998年からは単に自然の森だけの再生活動ではなく、産業との共存を図ることでより広く、持続的に自然の再生に取り組む近自然工法を導入について前出のサンデンフォレスとの開発に携わる。英国ウェールズのアファン森林公園はニコルさんが生まれた1940年当時はまだ綺麗な森であったが、まもなく石炭採掘のため木々は皆伐され、ボタ(石炭かす)で覆われたはげ山になってしまった。しかし、戦後3人の若者がアファンの森の再生を果たした。
10haだった森が現在では3万haにまで拡大された。正にアーバンフォレスとである。
ニコルさんは荒廃する森を見ながら旅に出る。カナダへ渡り北極探検は10数回にもなる。最後の探検は19ヶ月であったと言う。そのまま北極暮らしとも思ったというが、やがて日本にもやってくる。
14歳の時に英国海軍で教えていた講道館の小泉先生〔小柄〕が大男をいとも簡単に撃退する姿を目の当たりにして空手・柔道に強く憧れる。日本はそんな憧れの国でもあった。
47年前に東京にやってくるが自分のバイオリズムと合わずとても住める町ではなかったと言う。
やがて日本の自然の素晴らしさに気がつき、自然の恵みに目を見張ったと言う。
敗戦後でも日本には元気が沢山あった。明治生まれの品格ある老人も沢山おられた。日本人が大好きになった。
黒姫に30年住むようになった理由が猟友会に入って猟をするために山に入ると、200年~500年樹齢の木々が伐木され素晴らしい森も破壊され始めたことに強い危機感を持ったと言う。
南ウェールズの森はたった5%であったが60%まで占めるようになった。そのことを日本でもすすめようとしていたが、日本人は素直だがやって見せないと中々動かない人種であることも分かったと!ニコルさん自らが住みながら森の再生に取り組んで今日まで来ているという。
以下、C.G.ニコル氏講演会語録
森は人類の心の故郷!
伐木すると水の流れ〔見えない〕が変わる!
森の恵みはキノコ・木材だけで無く平和・安心・喜びがある!
森は優しいかぜをつくる!
・・・・・・・・・・・・・天晴れC.G.ニコルさん!
破壊が進む自然環境で未来が暗くなるが、C.W.ニコルさんの「森から未来を見る」と未来はニッコリ!ニコルさんでニッコリ!
弊社で取り組んでいる長岡市摂田屋5に分譲土地48区画の間知〔まち〕づくりがある。まちの名前は「リプチの森」である。ニコルさんの様な大きな森ではないがまちに住む人達も小さな森を育てることから始めようというものであった。毎年春には各戸が二本以上の植樹をする。やがて大きな森になってくれることを期待して!ニコルさんはじめ多くの森づくり・森まもり人達に触発されての命名でもあった。
  みらeコラボ長岡’09 C.G.ニコル氏の基調講演

  自然から元気をもらう子供達 第二部リレートーク

   赤木サンデンフォレスト 森と工場の共生 西部丘陵東地区

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