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暗中模索 V.S 明中模索

2010.11.9

久しぶりに建築文化講演会に出席してきた。
長岡市建築設計協同組合設立25周年記念事業の一つとしての講演会であった。
講師が工学院大学教授・東京大学名誉教授の藤森照信氏であったから、ご案内頂いてからも大変、待ち遠しい講演会であった。
3年前になるが先生の作品展が新宿の東京オペラシティアートギャラリーにて第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展帰国展として開催された時には、とても感動したことを覚えている。タイトルは確か「藤森建築と路上観察」であった。実物大の空間再現や数々の模型・そして使用されている建築資材:どれも古来から使われているものであったことを覚えている。
藤森先生はとてもマチエールを大切にされている。多くの作品は焼杉板・泥・藁・銅版の持ち味を確りとデザイン。自然と建築の関係を原点から模索されている姿とそのエネルギーには、ただものなら無い存在感が私の心の中に発光し続けていた。
そんな憧れの建築家の一人である藤森先生の講演である。毎年、地元の長岡造形大学にて、一年に一度ご講演されているとは聞いていたが受講するチャンスはやってこなかった。待ち遠しいのは当たり前である。
先生の講演の要旨はこうだ!
21世紀、日本の建築界には手本が無くなっている。それ以前の20世紀は欧米先進国に学ぶものが沢山あり時代の要求でもあった。ヨーロッパの技術を学ぶことが即近代化建築家の使命でもあったように。
丹下健三先生の時代で20世紀の欧米建築を学ぶ時代は過去のものとなった。ヨーロッパは参考になら無くなった。
もはや日本建築における技術・デザインは世界の最先端であるから。21世紀は学ぶべき手本が外国に無くなってしまった。今、日本の建築界は?と問うと:
どちらに行くのか方向が分からない。正に「暗中模索」の時代である。
しかし、テーマは分かっているから「明中模索」でもある。
しかし、答えが分からないから、やはり「模索」である。
将来に希望や目標を持てない・持たないことが暗中である。反対にどんなに困難な時代でも将来に対して目標と希望を持っている時、将来は明るい!だから明中である!
講演を聴きながら私の頭の中は、モサモサと明暗を混同しながら模索(モサク)していることだけは事実である。
20世紀建築の特徴の一つは、科学技術を抜きにしたものは扱わなかった。歴史的なものとか長い時間軸に耐えたもの等を扱おうとはしなかった。
そして、20世紀建築のもう一つの特徴は自然の問題には触れなかった。自然は建築の外にあるものとして扱われた。
それでも敢えて取り上げるなら、近代建築の巨匠であるコルビュジェが建築五原則を掲げて取り組んでいた。その中の「屋上庭園」は理論倒れで現実のサボア邸(スライドにて映写)を見ると何ともチャチで無いほうが良かったという申訳なさであった。
21世紀建築を語るとき:野や山や川と建築はどのように関わっていくのだろう?正に自然と共生するエコの時代である。にも拘らず、著名建築家達でさえエコロジカルな話をするとそれは設備の問題であるという体たらくである。
45歳まで建築史家であったが、自分のテーマは決まっていた:「自然と建築の取り扱いをどうするのか?」
・・・・・そしてスライドが始まる:タイトルは:
「 What’s  Terunobu Fujimori Architect ? 」
一枚目の最初のスライドの強烈さにびっくりした。ポルトガルに造られた某絵描きのアトリエであるという:どこまでが建築でどこからが自然か?その境界線が分からない。
まさに、人の造った建築と神様の作った自然の融和であるという。
そして二枚目のスライドは、アルジェリア・ニジェールにある大きさ50m四方大の泥の建築である。大地と建築の境界線が無くなっている。継ぎ目・目地が無いのである。
何故か?元々生物には目地が無い。それは、ひとつ細胞組織から分裂していったものであるからだという。(男の精子と女の卵子が結合して生命が誕生する。精子はDNAを伝えるだけで細胞分裂するのは卵子である。所詮、男はDNAの運び屋に過ぎない!:ホーキン博士のことば“人間はDNAの運び屋に過ぎない!”と重なってきた)
三枚目のスライドは岩場に建つ山岳宗教の霊場であった。外部から見た建造物と内部から見る風景の対比は大変面白かった。
その後、藤森先生はご自分の建築されたスライドを使って話を進められていかれた。
テーマは建築と自然を上手く調和させて、お互いを引き立たせたい!であった。
手法として植物を如何に建築に取り入れていくか?昔の茅葺屋根には植物が生えていた。当たり前の風景であったという。建築から産毛を生えさせたい欲望はニラハウスとなって世の中に登場したのである。設計も凄いがこのことを許容した建築依頼主である友人の赤瀬川源平氏の凄さも伝わってきた。
立木の上に建てられた高杉庵は6m空中茶室という。人が移動する度に傾くのだそうである。グラッと動いたなと思っても最大で約10cm位だという。10cmであるが、客人はその揺れの衝撃にかなりの不安定感を覚え、冷や汗だけでは済まない様でもある。
藤森氏の作品の話は笑い声と感動のバイブレーションを聞きながら進む。
そして、最近考えていることとしてご紹介があった。ベジタブルシティーであった。人間に一番近い食物は野菜である。建築をつくるなら野菜に学ぼうというその好奇心とテーマの設定に脱帽せざるをえない。
スライドには、にんじん・サツマイモ・バナナ等の形をした町が、コルビジェ・オスカーニーマイヤーのブラジリアシティーをバックに出来上がってくるという気宇壮大でファニーなベジタブル(野菜)シティーである。BGMとして“ひょっこりひょうたん島”“チロリン村”のテーマソングが流れているようであったから不思議である。
90分の講演会があっと言う間に終了してしまった。しまった!
藤森先生の頭の中はどうなっているのか?許されることなら、「路上観察学会」ならぬ「頭上観察学会」に参加してみたいところでもある。

藤森照信先生の作品はともかく無条件に楽しいのである。何故か可笑しいのである。しかし、昔からある懐かしさをもった可笑しさである。オー!ノスタルジア!
藤森照信氏が赤瀬川源平氏と南伸坊氏の仲間達と路上観察研究をしているお話には、とても楽しく読ませていただいた記憶がある。
バーナード・ルドフスキ-著:“建築家のいない建築”は私が学生時代から大切にしている書籍の一冊である。藤森先生作品を見ていると同時に出てくる記憶であり、大変な共通点を見ることが出来る。しかも楽しさは倍化する。プリミティブ(原始的)な生命力を肌に感じることが出来る。
質問出来なかったがいつか聞きたいことは:くだらないことだと一蹴されそうであるが、これらの建築は確認申請をどのように取ったのだろうか?取らないで建築することは出来ないだろうから?(自答:やはり、くだらない質問はするな?)
先生の作品は時代の方向を示してくれている。暗中模索ではなく明中模索の時代が来たのであろう。 

  

   
   
                         屋根の上にはにらが確りと植えられていた。

   高杉庵                   空中に浮かぶ茶室!

                                              何とも笑いがこぼれるベジタブルシティー

                         100名以上の参加者からも笑みが!                       藤  森  照  信  先  生

                                                         建築家の居ない建築から伸びる手!明中模索:::
    
 実際に世界には様々な想像を絶する建築が存在する。これからの時代の先取り?自然と共生していたことである。

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