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ドイツ紀行

2011.01.6

ベスト5 『ものとこと』 正月なので想いでの夢を再現   6年前のドイツ紀行20041015「ライト会にて」

まずドイツについて私の感想を少々加えさせていただくと。
私にとってのドイツは何時もヨーロッパ旅行の時の中継地点:25年(6年前時点で、以後同じ)程も前になるが宮脇檀さんがコーディネートしたヨーロッパ七カ国訪問研修旅行(デンマーク・フィンランド・イギリス・フランス・スイス・イタリア・ギリシャ)で初めての海外旅行を経験させていただいた時、ヨーロッパ初めての地がドイツのハンブルク空港であった。但し、空港でトランジット地であった。空港トイレに入ってチップを取られた経験がはじめてのドイツでもあった。このことは今でも強烈な印象を私の中に残している。『トイレを使うとチップが必要なんだ。』とえらく関心。
それからスペイン一回・フランスに二回の合計三回ともフランクフルトは中継地点であった。そして今回初めてのドイツ。中継地点であるフランクフルトは何時も通り過ぎているのにはもったいない魅力ある都市であった。今度行く時は必ずフランクフルトに一泊はしたいものである。
ドイツの土地の風景(なだらかな丘陵地が広がる。綺麗に整備された農耕地):建物(歴史ある建築と近代建築の協奏)・街路・街・川(ライン川・マイン川・ドナウ川)それらに掛かる橋・広場・そして人々。
飛行機から見た民家の屋根は赤茶褐色でありドイツの住宅は勾配屋根はデザインを統一している。雪止めアングルがとてもファニーな形で屋根端についているのが気になった。
ドイツの国民性にはとても馴染めるものがある。一言で治安が良い事がそのことを示している。タクシーに忘れたデジカメを追いかけて届ける運転手やシャープペンを落としたのを拾って追いかけてくる売店の女性にドイツ人気質の確かさを見ることが出来た。

私のベスト5:建築
いずれも感動は予期していなかった建物との出会いにあったということであるが、これは裏を返せば行き先の準備勉強をほとんどしていなかっただけにしか過ぎないといわれてしまえばそれまでのことでもある。

① ワイセンホーフジードルンクは今年喜寿をむかえた。
1920年代はピカソ・ブラック・レジェの様な近代画家達によって新しい時代を予見させるものがあった。この時期にミース・ファンデルローエはドイツ工作連名の副会長に任命された。ワルターグロピウスがパウルクレー・カンディンスキー・モホリ・ナギーの様な前衛派とバウハウスの基礎を確立した時期でもある。
1927年に工作連名はミースファンデル・ローエにワイセンホーフ集団住宅地建設を依頼した。他国の若い建築家達が集まった。アウト(蘭)、ル・コルビュジェ(仏)、ベーレンス(独)、グロピウス、タウト、シャロウンなどなどが腕を競った。あれから今年で77年・喜寿である。
私の知っているワイセンホーフジードルンクはS.Giedionによって書かれた『空間・時間・建築』の中でしか記憶のないものであるが、旅行の最終日に本物が直ぐそばにあると聞いてびっくりしてタクシーをとばした。
住宅地の中心部に建設されたミース集合住宅はその当時のボリュウームをそのまま残し、アウトの5軒長屋の集合住宅も健在であった。ピロッティーの採用で当時話題を振りまいたコルビュジェの建物が改修中であった。少し歩きながらその土地の持つ記憶の空気に触れる事にした。時間の不思議と意図しなくそこに居ることの不思議と今回の恵まれた研修旅行の余韻を楽しむ時間を得たのはとても幸せであった。

    配置案内図                アウト作                  コルビュジェ作は改修中

② チャードマイヤーの作品二題:フランクフルト実用工芸博物館とウルムの大聖堂前の市立文化センター(Stadthaus)
元々リチャードマイヤーの作品は建築雑誌A&Uでしか見た事が無かった。しかし、何時も魅力的な作品には目を奪われていた事も事実であった。精巧なグリッドで壁と壁面ボイドを演出しながら平面や立面に微妙な曲線をポイント的に取り入れてヒューマンスケールの建築をつくる事においてはまさに空間づくりのマジシャンと呼んでも良い建築家であるからだ。白一色に統一した室内外空間は洗練されモダーンでありながらも古い建物群と立ち並んでも違和感を発せず、むしろとてもフィットしてしまうのである。建ち並んでいるロケーションにもかかわらず、伝統的な建築を眺めている時にはその建築は私の目から消え去り、マイヤーの作品を見つめ直すと俄然と目に飛び込んでくるというそんな不思議に出会った。ブロックプラン配置には敷地のデザイナーとしても評価大!いずれにせよ、私にとっては憧れの建築家の一人だっただけに突然の出会いは感動そのものであった。

   フランクフルト実用工芸博物館
  ウルムの市立文化センター(Stadthaus) 

                                     
③ ジェームズ・スターリン
スターリンの建築は雑誌で見ていた限りではあまり私の好みのものではなかった。その理由としてかなりのダイナミックさだけが前面に出て来て大味さのみが印象に残っていたからであった。使われていた色使いもむしろ私にとっては敬遠するものでもあった。
しかし、しかしである。シュトッツガルト美術館はそれを目にした時に私の今までの感覚が大間違いであった事を強烈にアッピールしたのである。それはいつでも言われる事であるが、その建築が建つロケーションと如何にマッチングしているか?つまり建築立地環境が生み出す力といっていいかも知れない。建築は環境産物でもあるからである事を今更ながら強く確認したのである。
そしてもう一つはテクスチャーである。建築資材の持つ質感である。石積み風のどっしりとした表情は建築雑誌から読み取るにはとても未熟だった事・あらためて経験できた。

   
 
④ ヘルツォーク
とても恥ずかしい事であるが、ゴッツ美術館の構造を全く誤解していた事である。バスの中でも間違った情報を流してしまい申し訳なかった。RCとばかり思っておったら地上部分が木造で作られていたのである。
このデザインで特筆すべきは地上から直ガラス張りで立ち上がり、途中で壁部分を構成しており、屋根から空へは再びガラス張りである。このことは元々建築が重量物であることを一気に払拭してくれるからである。軽快感そのもののデザインは小建築空間だけに余計に可憐さを醸し出してくれている。インティメットである。
ヘルツォークの作品に対する今までの私のイメージが変わった作品でもある。初期の作品と聞いて…青山のプラダを並べてみた。

   
⑤ R-128(ゾーベック氏のご自宅)
マリオボッタの作品との比較…・マリオボッタの作品1971年“リヴァ・サン・ヴィターレ”(スイス・ルガーノ湖畔)に非常に似ている。マリオボッタは学生時代に最も気になる建築家の一人であった。特にこのリヴァ・サン・ビィターレを避けてはボッタを語れないほどの代表作である。平面をトレースしたことを記憶している。今あらためて比較する事をしておきたい。……………眼下に広がるロケーションからアプローチの仕方・正方形のプラン・最上階にエントランスを設け、下階に4層になるつくり。更に夫々の階が吹き抜けにてつながる。その差異をリストアップことにする。
建物スケールから・ロケーション・最上階からのブリッジアプローチの仕方・などなどとても共通点はある。両者とも魅力ある建築作品である。しかし徹底的に違うのはファサード質感そのものである。片や外部からは視覚的に遮断形式を取り内外吹き抜けとテラス空間で内部空間と外部空間を相互貫入させている。そしてもう一方のR-128は全面ガラス張りで内外部空間を一体化させている。
その両者にはこれからの住宅建築の流れの方向を示唆してくれるもの大である。

  ブリッジが貫通する外観    アクセスブリッジが4Fに横付けされる

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