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茶事亭主になってみて!

2012.03.28

* 先回のブログで「老人と豊人:四角形と菱形(ダイヤモンド)」について書かせて頂いたところ、丁度、西安から帰国したばかりの友人の橋設計佐藤社長からメールが届いた。
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・高田社長 様
お世話になっております。
我回来了!(=私は帰ってきました) 昨日夜西安より帰国しました。
貴ブログ「老人!」に付いて書かれていましたが、中国情報を一つ紹介します。
老人は中国語でラオレンと言います。
老師(ラオシ)は先生のことを意味します。
故に、中国では老(ラオ)は年寄りというマイナスイメージではなく、人生の師という意味が含まれています。
目上の人を尊重する風習は日本より強いですね。
ラオレンと合わせて高田語録を作ってください。
そのうちお土産持参でお伺いします。
宜しくお願いいたします。
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・ まさしく私の言いたいことを一言で表しくれていた。今更ながらであるが漢字の意味の深さを確認している自分がいた。「ラオレン」メールありがとう!

* さてさて、今日のブログ報告は「初めての茶事の亭主役を務めさせていただいた」ことについてである!そして、その重圧から解放されて!今ブログを描いている。
・ お茶の習いごとをして足かけ5年になる。昨年の9月にお寄せいただいた初めての茶事の席:正客を承ったが中々務めを満足には遂行できなかったと記憶している。その席で次の茶事の亭主は太郎くん(先生がおじさんである。お茶とは関係なしに昔からダイレクトな名前で呼ばれていた関係)からやってもらいたいとご指名を頂いた。
・ 現実情から見て当然強く辞退をしたのであるが、先生からはこれからでも練習時間は十分ありますから大丈夫ですよ。と軽く押されたのであった。その為にも真面目に練習に来てください。と強く押されたのであった。
・ 「は・はい!」と詰まった返事をしてしまった。その時は何とかなるだろうと言うくらいに高を括っていたのだろう。
・ だからと言って、その後も練習に行く回数が増えたわけではなく、反対に益々仕事の忙しさを言い訳に練習からは遠のいていた。
・ 遠のいていたのは自分だけであって、時間は近づいてくる。遠いと思った時間も必ずやってくる。そしてやってきたのである。
・ 11月から4月までは炉の季節。5月から10月までは風呂の季節である。
・ 3月24日は炉の季節である。茶事スタイルは“つづき薄”であった。
・ お茶には濃茶点前と薄茶点前がある。茶会ではそのどちらかを点てておもてなしするのであるが、棚を使ったつづき薄は濃茶に引き続き薄茶をお出しするのである。単独の薄茶点前と濃茶点前とは違って濃茶に続く薄茶である。作法が違う。流れが違うのだ。
・ そして「茶会」ではなく「茶事」である。懐石料理をふるまうのである。元々はこの茶事が本来のお茶であるとも聞いた。
・ すると、亭主になる私がしなければならない一連の流れは「初炭手前:懐石料理:濃茶点前:薄茶点前」である。これは大変だ!本当に難儀なことである。と改めて挑戦意欲が引っ込む。
・ それまでの私の得意なのは(と言っても人と比較してではなく自分自身の中で勝手にそう思っているだけであるのだが)炉の薄茶点前である。そこで、薄茶と濃茶を女房と別々に連携を取りながら点てることを考えていたのであるが、その話をしたら叔父さん先生からは強烈に反対された。そのような型はないというのである。
・ それならば全部女房に替わってもらえばよい!と一人思っており、決めていた。決めていたから心気分は比較的ゆったりしていた。
・ そんな訳で辞退を想っていたのであるが、20日前になっての辞退は敵前逃亡に近いことになる。何か後ろ髪を引かれるような後ろめたさを覚えていた。つまり、徐々にではあるが幻想であることを肌身に染みて感じてきたのである。
・ トリガー:引き金は3月1日の社聴熟(しゃちょうじゅく)のテーマ「狭き門」であった。参加者一人一人が思う狭き門とは何か?あなたにとっての狭き門とは?100分と言う短い時間で弊社スタッフと考え話し合った。
・ 私にとっての狭き門は利休さんが作ったと言われる躙り口と全く重なってしまったのである。バイブルにある:狭き門より入れ!命へ道は狭く、滅びへの道は広い!利休さんの時代の7大名の内の5大名がクリスチャンだったと聞いた時はびっくりした。あの小さな茶室空間の中で大名高山右近と何を話し合っていたのだろうか?と想いを馳せるだけで「わくわく」ものでもあった。キリスト教の思想がお茶の世界に深く入り込んでいたのである。
・ お茶の世界はこの躙り口から入らなければ始まらない世界である。これは面白いことだ!とひとり合点してしまった。そう、単純に利休さんとバイブルの関係を知りたいと思ったのであった。直前逃亡を計画していたものが方向転換も一気呵成であった。
・ 特訓を受けること2回:家では女房から3回手ほどきを受ける。夜は寝る前に茶席をイメージする。朝起きたら床の中で道具の置き位置を瞼に映して確認する。茶事の行われる2週間前からの特訓であった。
・ 今回も茶事会場は長岡市にある鴨川本館である。前回と同じである。会場は馴染である。鴨川の若女将も一緒の席に着く。滝沢社中の練習に於いてはもともと私達の先輩であった。
・ 道具の持ち出し等の会場準備は前日の夕方から始まる。当日の茶事の開始は11時からである。二時間前に入って準備万端に整えお客様と迎えるのである。
・ 開始前には初めての袴姿に変身してお出迎えに備える。廊下を路地に見立ててつくばいの準備も終え、打ち水をしてから正客さんとご挨拶!いよいよ茶事の開始である。
・ 亭主の私を支える半東さんは女房である。そして同時に裏方で私を指揮して下さるのは諸橋先生。
・ 次客には小宮山先生がおられて、席について私の所作のチェックと指導をして下さった。外は意外に寒いのに部屋の中は暑い位である。所作の途中で額に汗する私は正に無我夢中!であった。
・ 4時間と言う長丁場の茶事が終了した。ホッとした瞬間である。
・ ところどころ間違いはあったのであるが、それでも終了した時には充実感が出てきた。この気持は久々の感覚でもあった。締めの挨拶が終わるとお客様から拍手がおこった。そして、自分もみんなと自分に拍手をしている。皆様には心から謝辞を申し上げたいところである。
・ 熱がさめぬうちだけにまとめ描く方はまとまりもないのにはご寛容を!
・ 先生が私を指名した一番の効果は「あの練習連休の太郎君がやれれば誰でもできると言う自信が皆に生まれること」を期待してのことだったと強く想った。
・ これからはタカダ効果と呼ぶことに承諾するものである!隠された目ろみがあったのである。
・ さりとて、日本文化の中心をなす茶文化は深く、とても勉強にもなるのであった。
  とても素敵な花は椿:
掛軸は「大道透長安」  

  滝沢宗清先生の目が光る     
  年初の初釜メンバーの記念写真:  お客様あっての茶事でした。感謝します
 初炭手前から始まった!
 懐石を頂いた後に濃茶点前!
  濃茶は点てるのではなく練る!
 正客さんから3客様までどうぞ! お茶入れの清め:袱紗さばき
 亭主のお手伝い半東は女房!
 流れるような?
初炭手前:濃茶点前:薄茶点前
そして拝見!
 会場の鴨川本館

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