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12回APM企画展が開催される。

2013.04.23

すまいは巣舞
巣は形・舞は想い
想いを形に
巣舞るフォー・ユー
高田建築事務所12回APM企画展が開催される。
テーマ:
「秋山孝が選んだ30の金言
高田清太郎建築デザイン哲学展!」

*    20130420(土)ついにその日がやって来た。第12回APM企画展開催である。
・    その企画展は約一か月間「4月20日(土)~5月25日(土)」の開催であるが初日は第18回APM大学校と称して秋山先生とのコラボレーション講演で皮切ったのである。
・    前回のブログで第12回APM企画展のご案内をさせて頂いた。
・    秋山孝先生からお話を頂いて約1年である。最初は何となく、中盤では:そろそろ準備しなければ?手付かず展?等と言ってはいたが。そして、実行前日・前々日:APMの展示作業がタカモクスタッフと共同で終了することが出来た。
・    準備を終えて漸く秋山孝氏の目論見が分かったような気がする。
・    私は何時もこの類の講演を頼まれると「作品展」になってしまうのであるが、この度は違った。高田建築事務所のデザインの根底にあるものをあぶりだそうとされたのである。「哲学展」という意味合いもわかってきた。(様な気がする?)
・    タカダが歩んできた道は?今のタカダは普段何を考えているのか?何を思考しているのか?そしてどちらの方向を目指して進んで行こうとしているのか?
・    タカダの思想は?タカダの哲学は?
・    どんな人間も企業も生きているからには夫々の立ち位置を持っている。そしてそれはそれなりの個性あるものである。その個性を成長させた土壌をその人・企業の理念・哲学と受け止めていいのである。
・    そもそもAPMは秋山孝ポスター美術館長岡の略称である。その名の通りポスター美術館である。秋山孝氏は日本を代表するグラフィックデザイナーであるのみならず世界的に活躍されているデザイナーでもある。(預言者は自分の古巣以外の所で敬われないことはない!とも言われている。秋山氏自体も地元よりも外に開いて有名である。)
・    そんな訳で今までの企画展は全てグラフィックデザイン絡みであった。今回が初めて異分野である建築分野からの切込みである。
・    と言うよりも前回ブログでもご案内させて頂いた様に、秋山先生の目論見はAPM開設当時から地元で生業を営む人々に焦点を合わせたい。その歴史を語りたい。残したい。と言うものであった。
・    作品展しか知らない私にとっては展示する建築作品が少なくちょっと困惑気味を拭えなかった。模型も3点と決められたが10点を無断で持ち込んだ、きっと当日は7点は排除されるだろうと覚悟は決めていたが、模型台座のホワイトボックスに乗った模型は意外と光っていた。そのまま10点の展示が許された。
・    ホワイトボックスの一面がくり抜かれており図面・参考資料等を置くようにもした。
・    15:00開演に美術館内部は満席(73名参加)になった。椅子が不足して立見の方々もおいでであった。
・    町内会の皆さまはじめ懐かしい顔が沢山おいでくださった。建築関係の先生方もおいでくださった。
・    開会発言は秋山孝先生から始まる。
・    まず最初に何故、タイトルが“秋山孝が選んだ30の金言:高田清太郎建築デザイン哲学展”なのか?について、いつものように流暢に解説された。
・    高田清太郎のブログの中から秋山孝先生が気になる言葉を30選んでそれをポスター化して見せようと言うのである。(選ばれたブログは2012年1月~4月の中からであった)
・    秋山氏が今回の企画展で私に切り込んだ3つの分野は①建築(10点)②建築と雪(9点)③人生(11点)の合計30点であった。
・    夫々の言葉と写真・図面・スケッチ・模型等を組み合わせたものが展示された。
・    ポスター見ながら、スライドで補足させながら会は秋山先生と私との丁丁発止で進められた。
・    持ち時間1時間半があっという間に終了した。質問も長岡造形大学の山下先生から頂いた。
・    ニューヨークを舞台に設計されているアメリカの建築家フィリップジョンソンは出来ればクラアントがいないほうが良いと言っているし、恩師の篠原一男先生もできたらクラアントがいないほうが良いと言っていた。高田さんはどうなのか?
・    私どもは建築の設計は“すま居方”だと思っております。その家族だけしか分からないすま居方をデザインすることはクライアントがいないと出来ない。設計者はクライアントであるわけだからクラアント不在は設計ができないことになる。
・    私達は設計のお手伝いをしているだけに過ぎないのである。
・    もう一つの質問は高田さんの建築に対する考え方が変わったエポックはどの様だったのか?
・    建築は強・用・美の総合芸術であると紀元前20年頃の建築史家:ヴィトルヴィウスは言った。私どもはそれに+2Cを加えた。Cost・Conceptである。コンセプチュアルアーキテクチャーは物語性のある建築である。今思い返すと、
・    小学校4年~5年の担任の村山先生の仕掛けは大きい:天候の良くない月曜のホームルーム時間に怖いは話や発想性を働かせるような話をして下さった。とてもイメージが強烈であった。
・    もう一つは大学の3年の時に恩師の斎藤公男先生(日大名誉教授)から「KJ法:発想法」:川喜田二郎著:を読むように助言頂いた。京大カードを使って今閃いたこと、潜在的に思っていることが表面に現れてきた時に是非とも書き留めるように!と言うものであった。
・    副題に「あなたも作家になれる!」であった。作家ではなく錯覚しただけかもしれないが。
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・    講演終了後は懇親会である。美術館がレストランに早変わりである。講演後の懇親会がご馳走である。感想を聞くことが出来る時間でもある。聴く皆さまからも時間があっという間に過ぎてしまったと言ってくださったが私はもっと短く感じた。
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・    この日は大学校が始まる前に恒例のAPM運営委員会総会が開催された。(宮内駅東口ロータリー北側に建築中のAPM蔵内で開催)
・    豊口協委員長からのご挨拶があり”石の上にも3年!”が過ぎたいよいよ今年は7月で5年目に入る。活動内容もとても活発であり地域と密着しており公益性に十分耐えている。今後は秋山孝先生が思っておられるように財団法人化をしたいと言っておられるようであるが、もしそうなら是非とも公益財団法人の申請をしていきたいと思っております。とご挨拶があった。
・    副委員長の牧野忠昌さまからもご同意ご助言頂く事が出来た。
・    北村公認会計士の北村先生からも準備を確りして工程を組みましょうとのことであった。
・    丁度APM開館5年目事業として良いのではないかと言う共通認識を持つことが出来た。
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・    APMとAPM蔵の同時運営をやって行かなければならない。先立つは運営資金である。今まで以上にサポーターの皆様の御協力を頂きたいところである。法人会員も12社であったが丁度その日にもう一社加入して下さった。
・    APMの活動自体がとても公益性に満ちているのであるから自信を持ってお勧めしたいところである。
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・    新しい展開が期待されるところである。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


120522「高田清太郎の建築デザイン哲学」の計画が届いたのは昨年の5月22日であった。
「高田清太郎の建築デザイン哲学展」開催にあたって                       秋山孝
秋山孝ポスター美術館長岡(APM)は、ポスター美術館である。ポスターは、一枚の大きな紙に絵と文字でメッセージを伝える芸術だ。そこには、感動させる力があり他の美術とは異なる魅力がある。なんでもありの芸術ではなくポスターという枠組みから外れることはない。
そこで、「高田清太郎の建築デザイン哲学展」を開催する。ポスターの要素にはわずかな紙面に的確な形と色彩と文字でデザインするが建築デザインと酷似する厳しい思考と思索するデザインの共通項がある。その考える過程は、全く同じだ。想像してほしい、建築図面は、ぼくから見ればまるでポスターよりも美しくてその美的構造が見え隠れすると感動と喜びにうち震えるのだ。
そこには、困難で不可能な課題を克服した発想に満ちあふれている。 たった一枚の紙面のなかで語りかけるメッセージは、はかり知れない。 どの細部を見ても完璧で考え抜かれている。もし、それがいい加減で中途半端なものが見えてくると一瞬でしらけて紙以下になってしまうのだ。それを乗り越えて出来上がったものは我々に幸福感と達成感を与えてくれる。
高田清太郎は、言葉の人である。「言葉には力がある」と信じている。 だから、誰よりも多弁だ。寡黙の美意識は微塵も感じられない。ぼくもそうだからよく理解できる。なにしろ言い切らないと納得がいかない。 ということは、どんなに話しても終わりがないということだ。終わりがあるとすれば、ただ死あるのみかもしれない。
ぼくは、なんとか高田清太郎というひとりの人間を知りたいし、心の奥深くにある哲学を発見したいと思っていたのである。表面的な言葉は悲しいし、適当な会話の時間的連続はもっと虚しい。だから長時間かけての観察と思索と洞察は最も重要で、ぼくの創作の基本にしている。やっとその機会がやってきた。なんとか高田清太郎の答えが出てきそうだと閃いた。それが「高田清太郎の建築デザイン哲学展」だ。
ポスターは、一つの言葉と一つの図像で成立する。いとも簡単に思うかもしれないが、それは困難を極める。つまり、ひとつが完全で完璧でなければならない。その完璧な一つどうしの組み合わせの結果それ以上の完璧さが要求される。そうでなければ組み合わせの驚きも感動も生まれないのである。
いったい高田清太郎は誰か、あるいは何者か。とういところに言及しなければならない。そこでぼくは、ポスターの条件「文字と図像」の言葉(文字)からはじめた。高田清太郎の言葉から「金言」にあたる一言の収集作業に入ることにした。輝き響き渡る「高田清太郎の金言」をだ。それは、借りた言葉でもなく心の深遠さに裏打ちされたものでなければならない。その条件は厳し過ぎるが、ここをいい加減にするとただ軽薄な結果が待っている。ひとことの金言と一枚の図像(図面、建築写真、立体模型)からより選び抜かれた組み合わせ、それは絶対である。
必要のない補いに頼ることはしてはならない。表現者の唯一のモラルなのである。高田清太郎の心の叫びを厳粛に聞かなければならない。そこには、「真実と美」に満ちているはずに違いない。
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高田清太郎の建築デザイン哲学展カタログ


第12回APM企画展開催

先立って第18回APM大学校開校
会をリードされる秋山氏(左)と私(右)
 
質問される山下長岡造形大学教授

APM蔵の雁木
APM蔵と雁木(工事中)
 
蔵の小屋構造(Mの字トラス工法)

APM蔵にて2013年運営委員会開催
牧野忠昌様・秋山孝様・豊口協様
 
開催ご挨拶バナーと模型
 
金言(左)とポスター(右)で1対ペア作品
 
模型は全10点展示されている
 
金庫の正面壁面に展示されたポスター
 
APM美術館の案内役の森山女史!

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