高田清太郎ブログ

本日6月16日は新潟地震から50年目!



エッセイ

すまいは巣舞
巣は形・舞は想い
想いを形に
巣舞るフォー・ユー
高田建築事務所

二十日ほど前に彩雲が現れる。
地震雲が発生した朝焼け、その夕方に中越地震がやってきた。

*    新潟地震は1964年(昭和39年)6月16日に発生:

・    その時、私は中学3年生であった。宮内中学校の校舎は一部木造校舎を残しながらRC新校舎になった年であったように記憶している。

・    発生時刻は13時2分であった。丁度昼休みが終わり午後の授業が始まろうとしていた時である。

・    当初、ガタガタする机は前に座っているS君が椅子をガタガタ揺らしていたのだと勘違いして、「やめろよ、静かにして」と注意したのであった。直下型ではなかったのでS波がくる前のP波が長かったからのような気がした。そんなわけで当初は地震だと思わなかった。しかし、次にやってきた震動には大変な揺れを覚えた。

・    地震だ!と声が上がる。間髪を入れず皆グランドに出るように指示があった。3階だったので階段を使う。その階段室の壁に斜めひびが入っているのを眺めながらの退避であった。新築したばかりの壁であった。
・    震源地は新潟県粟島南方沖40km:深さは34km!

・    地震の規模はM7.5震度は新潟市・長岡市共に5であった。その後余震も何度かきているように記憶している。
・    やがて、時間と共に被害状況も次第に分かってきた。

・    死者もでたし、新しく架けられたばかりの昭和大橋の橋桁が落ちた写真が新聞にデカデカと出たのである。

・    アメのようにグニャグニャに曲がった鉄道線路:液状化現象でRC構造の県営アパートが大きく傾いた。昭和石油の新潟製油所の石油タンクから油が漏れ、又爆発で黒煙が上がりコンビナートは騒然とした。半月にも渡って燃え続けた。
・    あれから半世紀:50年である。時のたつのは速い:光陰矢のごとしである。

*    それから、40年後の2004年10月23日に新潟県に再び大地震がやってきた。中越地震である。発生時間は17:56であった。
・    M6.8であったが直下型であったので大きな震動を受け被害はとても甚大であった。

・    震度7も計測された。Gは1300にもなったから、重力加速度980より大きかったので石がまさに中を舞ったのである。
・    そして何よりも本震同等の余震が3個も発生したから被害は甚大であった。

・    その時は気味の悪い朝焼けを見た。赤く紫味を含んだうろこ雲が大空を一色に覆ったのである。(当日の雲であったか2~3日前であったかは定かではないが)
・    地震雲である。

*    20140524(土)11:00頃長岡市の南東に彩雲があらわれた。一文字虹(逆さ虹)である。私にとっては初めての経験である。

・    この日は孫の運動会であった。上組小学校1年になった孫は元気に運動会を楽しんでいた。ふと南東の空を見ると一文字虹(逆さ虹)が現れていた。最初はオーロラかと思ったくらいに綺麗だった。

・    後でニュースで知ったことだが新潟市内にも現れたとの事で有った。彩雲で小さな氷の粒が反射したものであると、何か不吉な現象前のものを示唆はしなかった。

・    しかし、私達が経験した丁度10年前の中越地震の時の気味の悪い朝焼けを重ねてみたのは私だけではなかったようである。
・    しかし、彩雲を見た人達は地震でもおきなければ良いがと口々に不安を話していた。

・    彩雲を見てから二十日目以上が経った:地震の発生兆候ではなかったようで何よりであった。

*    西の空を見て曇っていたら明日は雨だという。
・    エルニーニョ発生と聞いて今年は冷夏だと長期予報が出されていた。
・    しかし、現在までのところ、予報に反して北海道でも37.8度という真夏日が続いた。
・    6月入梅したのに猛暑が波状的にやってくる。
・    一足速く、「暑中お見舞い申し上げます!」