高田清太郎ブログ

ことばの小窓「茶の湯」展に出かけた。



エッセイ

すまいは巣舞
巣は形・舞は想い
想いを形に
巣舞るフォー・ユー
高田建築事務所

 

 

*    今年のゴールデンウィークは5月1日・2日を休日に加えると9連休である。大型である。
・    お正月の6~7連休に比べても大型である。
・    しかし弊社の仕事日は暦通り!
・    更に、建築住宅業はサービス業と考える時にはこの連休の入れ替えを考えなければならないという意見が出始めているのも事実だ。
・    多くの方が連休に巣舞づくりを考える。その時に対応できる仕組みづくりの見直しという。
・    そのことを考え変更するにはまだまだ時間が必要だ。

*    暦通りでも5連休:やりたいことは沢山ある。読みたい本もたくさん積んである。映画館にも行ってみたい。近くの山に登ってみようか?未整理なものをまとめてみようか???
・    いざ始まると「ごろごろ」と言う快音から連休が始まる。そう何もしないで溜まったVTRなど見ながらごろごろ過ごす。
・    それでも誘われるままに「茶の湯」展に行ってきた。
・    上野の東京国立博物館で開館されている「Thanoyu」展は大人気で大変な混雑である。
・    日本の茶の湯の世界を一気に見せてくれるのだから外国人も沢山お出でのようだった。
・    日本の茶の湯の歴史が一望できるのだから茶をたしなむ人々にはたまらない展覧会であるに違いない。
・    村田珠光・武野紹鴎・千利休・古田織部・小堀遠州と続く茶の湯の歴史を楽しむことができる。又、この茶の湯展
を通して茶の世界がグーンと近くなること間違いなしである。
・    展示の設えはプログラム通りに五章で成り立っていた。
・    第一章:足利将軍の茶湯―唐物荘厳と唐物数奇
・    なんといっても目当てのトップは国宝でもある曜変天目(稲葉天目)である。南宋時代(12~13世紀)のものと言われている。
・    茶碗の内側の黒い釉薬の上に星と言われる大小の丸い斑点が群在するのである。光を当てると七色の虹のように見えてくる。(光の関係でカタログ程には見えなかったが)何とも妖艶でもある。確率は100万回に一度と言う銘茶器の誕生と聞かされた。
・    第二章:侘茶の誕生―心にかなうもの
・    第三章:侘茶の大成―離宮とその時代
:黒樂茶碗・志野茶碗
・    第四章:古典復興―小堀遠州と松平不昧の茶
・    第五章:新たなる創造―近代数奇者の眼
・    いずれの章も目が離せない。
・    全展示物はプログラムには256とナンバリングされていた。その量もすごい迫力であった。

* そして同時開催されていたのが、国立近代美術館(竹橋)の「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」
・    こちらは5月21日までの展示である。当代(15代)楽吉左エ門氏が言っているように37年ぶりの楽家の芸術史だと。足を運ぶことお勧めですぞ。
・    展示品は第1代樂長次郎から15代の楽吉左エ門+16代篤人氏までが展示されている。
・    450年が時系列に展示されており分かりやすい展示を見させていただくことができた。
・    樂吉左衞門館(佐川美術館)に併設されている茶室は、樂吉左衞門館同様、樂氏自らが設計の創案を行ったもの。模型も展示されている。RVで茶室から望む風景を楽しむこともできるからとても満足できる空間だ。

*    翌日の5月6日は以前買って積んでおいた(私の得意とするまさに積読して)いた葉室麟著の「孤篷のひと」を読むこととなった。
・    この作品の主人公は、大名、茶人、作庭、建築、そして書家として名を遺した小堀遠州である。 書籍の帯に、「さわやかであたたかな遠州の心が胸を打つ、歴史小説」遠州の人柄が見事に描かれていた。
・    葉室麟氏の小説はどれも私を魅了する。いつもそうであるように静かなうちに秘められた主人公の熱い思いが私をとらえて離さない!
・    この書をこの機会に是非とも手にして頂けると一層立体的に茶の湯が楽しめること間違いない。

•    2017.3.14 – 5.21
茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術
茶碗の中の宇宙とは、全ての装飾や美しい形を捨て、手捏ねによる成形でさらに土を削ぎ落としながら造形を完成させていった茶碗を用い、その茶碗によって引き起こされる無限の世界、正しく宇宙のように果てしなく広い有機的空間のことと捉えています。
つまり、一服の茶を点てます。相手は、その茶を飲みます。その行為により二人の関係の全てが茶碗の中を巡ります。その茶碗の中を見つめながらの人間の思いは、他に想像もできないほどの大きく深い意味を有し、まさに宇宙と呼ぶべき無限の世界が広がるのです。
今から450年前、長次郎という人物によって創造された樂茶碗は、一子相伝という形態で現在まで続いています。一子相伝とは、技芸や学問などの秘伝や奥義を、自分の子の一人だけに伝えて、他には秘密にして漏らさないことであり、一子は、文字通り実子でなくても代を継ぐ一人の子であり、相伝とは代々伝えることです。
この様な考え方で、長年制作が続けられている樂焼は、長い伝統を有していますが、しかし、それらは伝統という言葉では片付けられない不連続の連続であるといえます。長次郎からはじまり15代を数える各々の代では、当代が「現代」という中で試行錯誤し創作が続いています。
本展では、現代からの視点で初代長次郎はじめ歴代の「今―現代」を見ることにより一子相伝の中の現代性を考察するものです。正しく伝統や伝承ではない不連続の連続によって生み出された樂焼の芸術をご覧いただけます。

~パンフレットより抜粋~

・・・そして同館では「マルセル・ブロイヤーの家具展」が同時開催されていた。