来る年は笑顧(エコ)創造:感動笑顔で!
光陰矢の如し! あっという間に一年が通り過ぎていった。何故、年齢と共に時の経つのが速くなるのだろうか?又そう感じるのだろうか?
ある人が時の流れを川の流れに喩えて教えてくれた。川の流れのスピードは一定であるのだが、傍らで歩く若者はその流れについていくことが出来る。しかし、人は年とともに感覚は衰え、その川の流れのスピードについていくことが出来ないらしい。相対的に時の流れが速く感じてしまうらしいと!
それと比例するかのように、年の初めに立てた計画・目標の達成度も振り返ると何とも心もとないことである。毎年目標は、年齢に比例するかのように高く掲げてしまう。そして行動力は、反比例するかの様に達成度は低くなってしまっている。今年はどの位のチャンス虫に出会い、そのチャンス虫とどの位真正面からガップリヨツで、取り組むことが出来ただろうか?
聞いた話ではあるが、チャンス虫なる架空の動物はまん丸顔で眼がくりくり、首がスプリングになって、そのスプリングに足が直接着いているらしい。原野・市街・家の中・人の頭の中を問わず、どこと無くピョンピョン跳び廻っている。凄い跳躍力で、そのスピードは新幹線よりも速いらしい。そして最大の特徴は、つるつる頭の前頭部に毛が三本しか生えていないという。かなり遠くから準備し、構えていないと捕まえることが出来ないらしい。一般的にはチャンスが、目前に来た時に捕まえようとするのだが、毛が前にしかない。側頭や後頭部を触っても毛が無いからつかむことが出来ないという。
・・・・振り返ると
1.7月12日にAPM「秋山孝ポスター美術館長岡」を多くのサポーターの皆様のお陰を持って、開館することが出来た。感謝である。秋山孝館長は、世界的に活躍されている地元長岡市宮内出身のグラフィックデザイナーである。大正14年に新築された旧銀行は、歴史的建造物に認定され、復興資金を得ながらのリノベーションであった。多くのファンが県内外からおいでくださった。(クリックでホームページに転送)
2.9月20日に常設展示場:「リプチの森のたまご」がプレオープンした。弊社に取っては初めての常設展示場のオープンである。目標はエコロジー・レジデンス:エネルギー自立循環型の巣舞である。(クリックでホームページに転送)
3.12月10日にリプチの森に「プチリプチ」の起工式が開催されて、福祉施設の建設がスタートした。
4.巣舞るメッセージ:住宅見学会は、1年間で29回開催し476回になった。来年は500回記念予定
年3回のスタッフレベルアップ啓発研修は、今年も開催された
1.4月1日:全員営業:タナベ経営遠藤俊一先生
2.8月6日:N設計室の仕事:建築家・永田昌民先生
3.12月8日:電話応対ランクアップ研修:エヌ・ティ・ティ・ソルコ:田邊紀子先生
今年も地域イベントに参加
1.5月16日:リプチの森の第3回植樹祭開催
2.7月25日:スマイルパネル展開催
3.10月3日:摂田屋おっここ市に参加
4.10月30日:北陸ガス展に出展
5.11月7日:トキっこ子育て応援フェア2009に参加
・・・・・・・・・
そして私にとっては、ブログとの取り組みも一大イベントになったことは、間違いない。お付き合い有難うございした。来る年もよろしくお願い申し上げます。
巣舞る通信 第16号 2009年12月冬号より
・感謝・祈念
たくさんのご愛顧いただきました事、衷心より感謝申し上げます。来るべき年2010年が皆様にありましては希望とより良き年であることをまずもって強く祈念申し上げます。
・大きな虹を架けよう!
振り返りますと社会全般に強風〔暴風雨〕が吹き荒れ、世界的には政治・経済共に大変革期の渦の真只中です。そのスピードも速く!かなり前の段階から構えていないとその情報はキャッチできず、その存在さえ見失ってしまいそうです。まさに振り落とされないように必死といった表現がピッタリかもしれません。しかし、常に夢と希望は強く持ちたいものです。今日、今現在が明日の孫・子の代へ引き継がれていくからです。
歴史は今現在の連続であることは勿論ですが同時に私たちは夢と希望が具体的に私たちの目に見える虹となって歴史を見たいと期待している者でもあります。「“歴史的事実”というのは無数にある。それは雨上がりの空に残った無数の水滴のようである。虹は近づいたからと言って見えるものではない。ある角度からある方向に向かなければならない。そうすれば美しい虹を見ることが出来る。」(イギリス言語学者:オーエン・バーフィールド:渡辺昇一著:続・渡部昇一の昭和史)とても共感する言葉が書かれていました。情報過多の現在であればこそ情報量に比例して我が家の巣舞づくりにも多くの迷いが出てくることは避けられません。むしろ情報に翻弄されるのではなく我が家の巣舞づくり物語という大きな虹を架ける事こそ肝要です。
私たちはその虹を建築主様と一緒になって捜し求め・つくり上げて行きたいと考えているからです。
・笑顧創造:
スローガンは今年に引き続きエコ創造です。顧客様の笑顔が一つでも多く生まれるように「笑顧創造」(エコ創造)のお手伝いをさせて頂けるように頑張りたいと思います。巣舞づくりは人生の一大事業ですから、いつに無く力が入ってしまいます。正に真剣勝負といっても過言ではありません。
余りにも力みすぎ、“すまいづくりは楽しみながらしましょう”と言っても届かない言葉になりがちです。ですから私たちもお客様の笑顔を一つでも多くつくることこそ、求められることになります。
・感動笑顔
それでは、笑顔が生まれるとはどのような状況を言うのだろうと考えてみると、ひとつには感動したこと、感動するだろうことから生まれると言っても良いでしょう。巣舞づくりの感動シーンは?
希望を持って夢を描き連ねている時の感動笑顔・アイディアが生まれた時の感動笑顔
プランを見たときの感動笑顔・契約時の感動笑顔・上棟時の感動笑顔・建築中の感動笑顔
完成引渡し時の感動笑顔…そして住んでからの感動笑顔!
幾重にも重ねられた感動笑顔は必ずや素敵な我が家を実現してくれるでしょう。そんなわけで、来る年も目標を共有しながら「感動笑顔」物語を一緒につくらせて頂くことがとても大切なことと考えて取り組んでまいりたいと想います。
万謝!
来るべき年も何卒よろしくお願い申し上げます。
末筆ながら、皆様ご家族の上にご健康とご平安をお祈り申し上げます。
P.S
私も社員に押されてホームページにブログを持つことになりました。5月から始まったブログですが、少々長いとか、硬すぎるとか? 様々な意見をいただきながらゴー・オン・マイウェイでわが道を行くブログです。時々覗いてみてください。ご意見いただけるとありがたいです。

式典前 秋山孝館長ご挨拶 森民夫長岡市長ご挨拶

久須美隆北越銀行頭取ご挨拶 テープカットシーン WINDOWS

ガリレオの家 ほっとする家 春夏秋冬

全員営業研修会:講師は遠藤氏 N設計室の仕事 講演される永田昌民先生

聴き入るスタッフ達 N設計室の仕事 電話対応ランクアップ研修会:講師は田邊先生

講演後の打ち上げ会 永田先生と記念写真 チャンス虫

暮らしと介護を支える住宅の実際
今リプチの森では、槌音高くプチリプチの建築が始まっている。と言いたいところであるが、やり方を出し始めたら突然雪が降り始めて、槌音どころか雪かきに懸命である。
交付金が支給される工事は、国県市から内示なるものをもってスタートすることになるのであるが、当福祉施設もその手続きを踏むことになっていた。例年であるとその内示は7月~8月には出ており、遅くても9月には出ていた。しかし今年は政権が変わったせいなのか? どうかは良くは分からないが、漸く12月2日付に降りてきた。それやあれやの段取りでやり方を出すことが出来たのは12月14日であった。本格的に雪が降り始めたのは、17日の未明からであった。それも新潟市が24年ぶりに積雪深28cmを記録。3日間断続的に降り積もり45cmを記録したのであった。
その後長岡にも雪雲が移動し、基礎工事の掘削をする時には雪との格闘であった。場所によっては、積雪は1m位になった。〔勿論、雪国長岡にとっての1mは大したことはないことであるが、基礎工事のときの1mはかなりきつくもある。〕何でもっと早く内示をくれないのか、悔やまれて仕方が無いことしきりであった。地方の時代・地方の個性を大切にする時代といいながらも雪国の事情を理解してもらえないのはちょっぴり寂しい限りである。
どんな状況でも愚痴は大敵!「雨降って地固まる!」というから「雪降って建設に雪花が咲く!」と華やぐことにした。そんなわけで、プチリプチ建設現場情報をブログでお伝えできれば楽しい、完成を2010年6月に向かって。
ところで、先程から出てくるプチリプチとは何ぞや? とお思いの方もおいでだと思うので、少々説明させていただくことにした。プチリプチは、長岡福祉協会さんが運営するサポートセンター摂田屋〔仮称〕の“愛称”である。ここで“仮称の愛称”というのは、何ともややこしいことであるが、サポートセンター摂田屋はサテライト特養(20床)と小規模多機能型居宅介護施設(25名登録)と地域交流施設の合築した施設である。福祉施設さんが呼ぶ名称が「仮称」であり、私ども設計者がつくり込んだコンセプト名がプチリプチなる「愛称」である。
リプチの森に福祉施設を建築することを仕込み始めた当初から、リプチの森には施設のような容姿が似合わない。一度は施設らしいプランニングに向かったのであるが、当然福祉施設が大型化して、間知の景観を壊してはならないという思いは、リプチの森の町づくりの原点でもあった。つまり、リプチの森の巣舞づくリ・間知〔町〕づくりにはとても思い入れが強く、最初から通奏低音の様に流れていたのは、どんな建築も施設的で無く巣舞づくりの感覚である必要がある。計画された施設は居室が一戸々々の家の様であり、家々が肩を並べる佇まいは、リプチの森に住まう人たちと共振するのである。
そんな福祉施設計画を実行に移している最中に、小山剛新潟県小規模多機能型居宅介護事業者協議会会長(長岡福祉協会:こぶし園園長)様から「暮らしと介護を支える住宅の実際」について講演するように依頼があった。・・・ここで話すと大変長くなるので、別のコラムで書くことにして骨子だけを箇条書きすると:
キーワードは「つないでいく」である。老人になって、介護のために遠地の施設に入れられるとその時点で記憶の切断がなされる。
出来たら今まで住んでいた地域で、出来たら今まで住んだ住宅で! 居宅介護支援」の充実である。それでも駄目なケースの時は、中間的考え方として地域に小規模の支援施設を分散してつくって行くことである。
介護に拘らず、人間は「居場所」が無いと生きていけない!
その居場所もどのように住まうか? すま「居方!」が大切! 外部対象者との関係性の問題!
包み込まれる居場所はお母さんの子宮の中にいた原体験であり、小高いところや高床に住んだ先祖達は水害・野獣から身を守る工夫をしてきた。DNAの中で記憶は転送されて行く。
やがて巣舞は、肩寄せ合い集合していく。そこで大事なのは、距離感が大切な「間知」づくりである。医療福祉施設の施設と運営者のあり方で、その歴史はどんどん変遷してきた。「囚院」「僧院」「病院」「健院」と! 「老人」問題は厄介な問題だと考えがちであるが、経験豊かな人は「豊人」と呼ぶことにする。「老人と豊人」は今後掘り下げていかなければならないテーマでもある。
私の講演に続いて国土交通省住宅局総務課長の菱田一様から「暮らしの基本、住宅のあり方と今後の課題」についてお話があった。こちらは行政が進めようとしている方向や法律がらみの話しであった。特に今後施設を増やさなければ、老齢化する人口に対応できないというのである。かつての政権では、30%アップといっていたが、現政権は300%にせよと一気に3倍計画である。そのために絡む交付金支援金のルール作りのガイドラインのご案内でもあった。今後ともハードとソフトの整備はとても重大である。又、より良き提案が求められて止まない! リプチの森が住宅だけで無く、福祉施設・地域交流施設と調和してより過ごしやすい森になってくれることを強く祈念するものである。
お近くにお越しの節は、そんな間知づくりを覗いて頂けたら幸いである。

プチリプチの模型 プチリプチの正面玄関 リプチ通りからのプチリプチ

山も田も雪景色:絶景かな 雪降り前の一部遣り方完了 掘削と同時に雪が降り始めた

土+雪の根切り 人力排雪 雪の中での工事は根気比べ

掘っても掘ってもまだ降り止まぬ

小山剛園長のご案内 菱田課長は交付金絡みのお話 私の話は居場所論
トロハ賞を受賞された斎藤先生と秋山先生のコラボレーション
私の恩師であられる斉藤公男先生「日本大学理工学部名誉教授・日本建築学会前会長(2007年6月~2009年5月)」が、トロハ賞を受賞された。
エドゥアルド・トロハ〔Eduardo Torroja 1899-1961〕は、マドリード競技場等の代表作を持つスペインが、生んだ偉大な構造家として知られている。「空間構造」も「構造デザイン」の源流をたどればトロハにたどり着くと言われている。トロハ賞は空間構造の構造デザインの分野で、顕著な業績が評価された建築家が頂く賞であり、技術と芸術の融合と言う意味からも大変意義深い賞である。いわば建築構造界に於けるノーベル賞といっても過言ではない。
それだけに毎年末に開催されている“斉藤先生を囲む会”ではあるが、今年は受賞記念講演もあり研究室は更に盛り上がった。日本で3人目の受賞である。何とも快挙である。
1人目は東京大学名誉教授の坪井善勝先生〔1907年~1990年〕であり、シェル構造の第一人者である。主に丹下健三先生の構造を担当され、代表作には東京オリンピック会場になった代々木にある国立屋内競技場であり、現在でも第一級の構造デザインである)や東京カテドラル聖マリア大聖堂、万博の時のお祭り広場〔岡本太朗氏の太陽の塔は広場の屋根を突き抜けている〕がある。2人目が法政大学名誉教授の川口衛先生であり、3人目が斉藤公男先生であった。お二人は坪井先生の兄弟弟子の関係になる。
斎藤先生の授業はとても興味深く刺激的であり、一度は意匠系の研究室に行くことに決めていた私にストップをかけた。意匠の前に力の流れを知らなくては!という強い脅迫概念にも似たバイブレーションが、私を襲った。それ程にストラクチャーデザインの魅力は、強烈であった。テンション工法・膜工法など模型群に囲まれた研究室は、何時も活気があり学生達を刺激していた。
当時、私の頭から離れない言葉に「ながれ」があった。“人の心の流れ”は“空間の流れ”によってつくられ、更にその前に“力の流れ”がある。その力の流れが美しければそれだけで空間は美しくなり、人たちの心を感動させてくれるからである。余談ではあるが、それに比べて坪井先生の授業はリベット計算や難しい構造計算が主であり、受講者数が少なく余り人気が無かった。お喋りをしていると黒板に向かっていた坪井先生が突然振り向いて“馬鹿者ども”と一喝しながらチョークを投げるのである。それをよける生徒達を残して授業終了である。今になって思うと我々は、先生に大変申し訳ないことをしたことになる。と言うのは、“貴方にとって一番好きな建築は?”と聞かれたら今でも私は何の躊躇も無く先生の手がけられた代々木の国立屋内競技場と答えるからである。当社のデザインの一つに構造丸出しのストラクチャーデザインが見受けられるのは、その影響を現在でも引き継いでいるからである。
構造は構造・意匠は意匠と分離するのではなく、美しいストラクチャーを隠さずに表すことで、空間デザインに命を吹き込むのこと!そのためにも力の流れを!構造自体を!デザインすることが、大切である。力の流れが素直に表現されている空間は、緊張感・安心感含めて何とも言えない居心地の良さを覚えるものである。
さて、斎藤先生が日本建築学会会長の時に掲げられたテーマの1つ“アーキニアリング”である。「建築(アーキテクチャー)と設計・生産を支えるエンジニアリング・デザインをアーキニアリング・デザイン〔AND〕と呼称し、又夫々の関係を見据え歴史的発展過程から、未来の建築へ向けての示唆と提案」を意図するものである。具体的には全国の学生や建築家・建築事務所などの手によって、世界遺産建築や最先端建築群の模型群を130点ほど作りビジュアルに構造デザインを見せていくものである。2008年10月18日:東京の日本建築会館を皮切りにアーキニアリング展が、全国行脚をしている。2010年2月には、日本各地を一周してきた模型が、東京丸キューブで展示されることになっている。百聞は一見に如かず!である。
その凱旋展示を知らしめるポスターを斎藤先生は秋山先生(多摩美術大学教授・秋山孝ポスター美術館長岡館長)に依頼された。そしてそのポスターが、漸く出来上がった。完成したポスターは、スイスの渓谷に架かるサルギナトーベル橋(設計はマイヤール)が、モチーフであった。ブルー基調とレッド基調の鮮やかなツインのポスターである。
斉藤研究室で、お披露目頂いた時、私は一瞬ハッとした。まるで恋人に会うような電撃感覚であった。と言うのも斎藤先生の授業で私を最も魅了したスライドの一つがこの橋であったからである。力の流れがそのままデザインされており、それに何を加えても減じてもいけない絶対美を感じたからであった。とても美しい力の流れは渓谷にかかる華麗なる舞と言ったものである。秋山孝ポスター美術館長岡の第3回美術館大学で、2人の対談が行われたのは今年の9月4日であった。
その時の話し合いから秋山先生が捉えたメインテーマが、サルギナトーベル橋である。説明によると橋は歴史をつなぎ、人をつなぎ、技術をつないで未来へ!そんなシンボルでもある!と。それをベースに様々な工法・材料別に選別された斎藤先生のスケッチが、コラボすることで完成させる秋山先生のポスターが出来上がった。トロハ賞受賞記念講演会場にてお披露目された。
人たちは、一人ひとりは尊い水滴かもしれないが、コラボレーションすることで更に大きな美しい虹が描かれていくのは何とも言えない感動物語でもあった。
再び、「コラボ de ブラーボ!」

トロハ賞受賞記念講演 トロハ賞の表彰状 トロハ肖像のメダル

メダルの裏には表彰賛歌 講演会風景 スライドでトロハ氏を紹介

トロハ設計のマドリード競技場 トロハ設計の水道橋 坪井先生のご紹介

日本大学習志野校舎ファラディーホール トロハ賞受賞メダルと賞状 斎藤先生〔右〕ご夫妻と記念ショット

サルギナトベール橋 国立代々木競技場 第三回秋山孝美術館大学にてコラボ講演

記念撮影 ANDポスターのお披露目 赤青基調でツィンポスター

レッド基調のANDポスター ブルー基調のANDポスター 祝賀会風景
右目で太平洋、左目で大西洋
朝の散歩しながら目を擦っているうちにヒリヒリし出し涙が止まらなくなった。大丈夫だろうと思いながらも大事を取って目医者さんに行って来た。T先生は名医〔眼医〕何時ものように大変な行列である。漸く自分の番で呼び出されると看護師さんから事前に様子の聞き取りがあり、痛くないほうの目の眼底測定があった。顕微鏡らしきもので検査した結果がモニターに映し出された。はっきりとキズが着いているのが見える。早く来て良かったと思った。
片目で運転してきたら、遠近感が取れずに運転が怖くとても疲れた。家に着いたら吐き気まで起こしてしまった。両眼の存在意義が今更ながらによーく分かった。たった10cm前後の左右の眼の離れが遠近感を獲得するのである。そして対象物までの距離を計測するのである。近くは読書距離から遠くはお月さんの距離感をつかむ能力を持っている。凄いことだ。
パスカルが言った:人目が縦についていたら人は神と人間との関係をもっともっと考えただろうが、しかし、水平についているから人と人を比べてしまう習性ができた。
A君はB君よりは2センチ高いとか言って優越感・劣等感に浸ったり・・・・予備校時代、授業終了後に気分転換するために6階建ての屋上から真下を覗き込み、人の背の高さを当てるゲームをやったことがある。一般には歩幅が広い人の方が背が高いのであるが、そうばかりではない。複数人が歩いていて、背の高い人を 当てっこするのであるが、中々当たらない。ましてや、どの位の差があるだろうかということになればもっと分からない。つまり、真上から見ている神様は私たち人間をなんら差別すること無く平等に見ているということになる。鼻の高さの比較能力はあるかもしれないが!
「フクロウは鳥らしくない鳥である。夜行性と言う事もあるが、その何と言うかその顔つきが鳥らしからぬ。」で書き始まる“うたの動物記”〔小池光氏:日経新聞20091206〕には動物達の眼のことが書かれていた。「顔は思い切りまん丸で、二つの大きな眼が平面上の左右につく。動物の眼は多くの場合こうなっていない。夫々の体の側面についていて、ということは、左眼右眼の光景はいささか別であろう。マッコウ鯨など最たるもので右眼で太平洋を見、左眼で大西洋を見るである。よくも混乱しない。フクロウは左右で同じものを見ることによって遠近感を得、獲物までの距離を測定し、正確に襲撃するのである。
このように距離感は左右で同じものを見なければならない。「左ヒラメに右カレイ」と言う。不思議な魚だと思っていたが遠近感・距離感をつかむためには左右の両目が胴体の同じ側にあるのも道理にかなっている。目だけでは無く耳もそうである。両耳で遠近感を得、音源までの距離を測るのである。この様に人間の身体は実に良く出来ている。そして二つを配置されている意味がよ~く分かった。がってん!がってん!である。
治療中は眼帯をつけていた。当たり前だと思っていたことに改めて感謝シーンを垣間見たことであった。
環境共生型企業立地フォーラムin ながおか
ニコルさんがニッコリ!
「みらeコラボ長岡‘09:環境共生型企業立地フォーラムin ながおか」が開催された。
ファーラム第一部の基調講演はC.G.ニコルさんであった。
このプロジェクトは長岡市西部丘陵東地区〔県立歴史博物館に近接している地域〕にて30haを環境共生の創造的モノづくり拠点にしようと言うものである。
土地の分譲販売価格は1万円/㎡以下という。坪3万円は事業誘致するにとても魅力的は価格でもある。
用途地域は工業地域!集積予定業種は「機械金属製品製造関連産業」「人間生活関連産業」「環境・エネルギー関連産業」などである。フォーラム第二部はリレートークであり、そのパネラーの一人が「産業と自然の矛盾なき共存」をコンセプトに赤城山麓でサンデンフォレスト開発にニコルさんと取り組んでいるサンデン〔株〕顧問の堀越洋志氏であった。
このような良き前例を学びながら長岡市でも里山を利用して産業との環境共生事業を立ち上げようと言う森市長の旗振りでもある。森市長はこのプロジェクトは「蟻の目と鳥の目の両方が必要である」とコメントを送っていた。
ニコルさんはご存知の様に1980年から長野県黒姫に在住し、執筆活動を行い。1984年からは森の再生活動を実践するために、荒れ果てた里山を購入し、「アファンの森」と名付ける。1998年からは単に自然の森だけの再生活動ではなく、産業との共存を図ることでより広く、持続的に自然の再生に取り組む近自然工法を導入について前出のサンデンフォレスとの開発に携わる。英国ウェールズのアファン森林公園はニコルさんが生まれた1940年当時はまだ綺麗な森であったが、まもなく石炭採掘のため木々は皆伐され、ボタ(石炭かす)で覆われたはげ山になってしまった。しかし、戦後3人の若者がアファンの森の再生を果たした。
10haだった森が現在では3万haにまで拡大された。正にアーバンフォレスとである。
ニコルさんは荒廃する森を見ながら旅に出る。カナダへ渡り北極探検は10数回にもなる。最後の探検は19ヶ月であったと言う。そのまま北極暮らしとも思ったというが、やがて日本にもやってくる。
14歳の時に英国海軍で教えていた講道館の小泉先生〔小柄〕が大男をいとも簡単に撃退する姿を目の当たりにして空手・柔道に強く憧れる。日本はそんな憧れの国でもあった。
47年前に東京にやってくるが自分のバイオリズムと合わずとても住める町ではなかったと言う。
やがて日本の自然の素晴らしさに気がつき、自然の恵みに目を見張ったと言う。
敗戦後でも日本には元気が沢山あった。明治生まれの品格ある老人も沢山おられた。日本人が大好きになった。
黒姫に30年住むようになった理由が猟友会に入って猟をするために山に入ると、200年~500年樹齢の木々が伐木され素晴らしい森も破壊され始めたことに強い危機感を持ったと言う。
南ウェールズの森はたった5%であったが60%まで占めるようになった。そのことを日本でもすすめようとしていたが、日本人は素直だがやって見せないと中々動かない人種であることも分かったと!ニコルさん自らが住みながら森の再生に取り組んで今日まで来ているという。
以下、C.G.ニコル氏講演会語録
森は人類の心の故郷!
伐木すると水の流れ〔見えない〕が変わる!
森の恵みはキノコ・木材だけで無く平和・安心・喜びがある!
森は優しいかぜをつくる!
・・・・・・・・・・・・・天晴れC.G.ニコルさん!
破壊が進む自然環境で未来が暗くなるが、C.W.ニコルさんの「森から未来を見る」と未来はニッコリ!ニコルさんでニッコリ!
弊社で取り組んでいる長岡市摂田屋5に分譲土地48区画の間知〔まち〕づくりがある。まちの名前は「リプチの森」である。ニコルさんの様な大きな森ではないがまちに住む人達も小さな森を育てることから始めようというものであった。毎年春には各戸が二本以上の植樹をする。やがて大きな森になってくれることを期待して!ニコルさんはじめ多くの森づくり・森まもり人達に触発されての命名でもあった。

みらeコラボ長岡’09 C.G.ニコル氏の基調講演

自然から元気をもらう子供達 第二部リレートーク

赤木サンデンフォレスト 森と工場の共生 西部丘陵東地区