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社長ブログ

2009.09.29

声年齢

最後の団塊の世代と言われる若者達は、今年還暦を迎える。
久々に会った同級生は、もはや同級生とはいえない風貌年齢差を感じた。
温泉はどの部屋も満員であった。部屋のドアを開けて中を覗くと「アッすみません、部屋を間違いました。」と言いたくなるくらいのジョークにシーン!ドアを完全に閉め終わらない前に声が届く。「おーい、タローこの部屋で良いぞ。」再びドアを開ける。勿論同級生である。しかし、10歳もふけて見える。部屋を間違ったと思った。そのことを率直に言うと、お前も充分年取っているから安心せよであった。
しかし、奥のほうまで見渡すと反対に10歳若く見える同級生も居る。と言うことは20歳の差があると言うことである。それに反して先生が若いのである。同級会に入っても全然違和感を感じさせないのも時のつくるシーン!風貌年齢差は直ぐに了解できたが、思考年齢差(若者思考と老人思考の意)の大きさにも驚かせられる。年齢には時間年齢・身体年齢・健康年齢・精神年齢・風貌年齢・思考年齢と様々である。もう一つ大きな年齢差に声年齢がある。朝の散歩では様々な人たちと出会う。その時にお互いに声を掛け合うのであるが、腹からの声ではなくどちらかと言うと静かな声である。元気のない声のようにも聞こえる。
どちらかと言うと畑仕事をされている方は後ろ向きで声も応答程度である。ところが先日散歩の時に庭の草取りをしていられた75歳前後のおばあちゃんの声がとても透き通っていた。鼻から抜けるような、しかも品性のある声で、「おはようございます」と・・・・私は、“はっ”としてしまった。
声年齢は50歳ともそれ以下とも思えた。弊社では毎朝朝礼をする。ラジオ体操から始まって、人員報告・経営理念の唱和・職場の教養を読んで担当コメント・安全〔現場・交通〕日数の確認・本日の作業内容・ホウレンソウダの徹底の唱和・・・一番最初に隣同士で握手する・本日の健康状態のチェック・このときに各自が「異常なし」と報告していたが、“異常”と“なし”で2度の否定になってしまっているので、「元気です」と報告するようになった。このときに声の張りで声年齢差がはっきりと現れる。人と人の関係の原始的始まりは声掛けである。であれば余計にそのトーンが、伝える内容を伝達してくれていると言っても過言ではない。
声には元気の気が住まっている。

いつまでも若く、時にピーチク、パーチク

投稿者:高田 |

リプチの森のまちづくりが始まって足掛け3年である。
リプチの森は高田建築事務所が不動産部門のフォレスタカダと連携して21世紀に向かうあたらしいまちづくり(分譲土地)のモデルプランでもある。総区画数は全部で48区画である。(弊社HP・間知づくりを参照
販売スピードが大変緩やかな中にも新たな町の息遣いが確かな足取りと共に聞こえてきた。
造成計画当初からリプチの森の公園に隣接して常設展示場を作る予定であった。中々時機を得ず本日まで来たが、漸くリプチの丘の隣に予定地を変更してつくることができた。
建設地のF区画は西側に太田川の土手越に川面を眺め、遠く田園風景の向こうには越後連山を横たえている。
大変な眺望の良いところでもある。太田川ではカワセミたちや鴨の群団にも遭遇することが出来る。
敷地の条件を活かして、1階に個室群〔寝室・子供室予定スペース・バスルーム関係〕を配置し2階には30畳台のLDKと言う典型的な高居間式住宅にした。(高床式とは違い木造2階建である。)
プレオープンは今年から新設されたシルバーウィークである9月20日~23日に設定。
ネーミングは「リプチの森のたまご」と命名された。
そもそもは国交省が推進する長期優良住宅先導的モデル事業である。〔こちらのニックネームは200年住宅〕6年間展示場として活用して住宅産業の活性化に寄与するようにと言う国の支援事業を得ての建設でもあった。同時に弊社にとっては初めての常設展示場の開設となった。たまごは生命を宿しているエネルギーそのものである。
様々なたまごがある。鳥の卵・カエルの卵・恐竜の卵?・びっくりマークの卵?
母親の胎内から生まれ出て時間を掛けて温められ、殻の中で成長して、時期が来るとその殻が割れて中から生命が生まれるのである。感動物語そのものである。
鳥の卵は時に内側から雛がくちばしで叩き、外からは親鳥がくちばしで叩いて殻を割る。「ソクタク同時」と言う言葉はそこから生まれたと言う。
リプチの森のたまごは自立循環型のたまごである。エネルギーを自力で作り自立しようとしている意味ではまさに卵である。
屋根には太陽光発電パネルや太陽熱利用によるソーラーれんで給湯・暖房機能を発揮する。雨水貯塔タンクで庭の植物に散水することが可能である。
サステネブル建築を目指していることから使用資材は県産材料を使用したり、和紙や珪藻土も多用することで同時にエコに寄与することになる。
都市・住環境を維持するにはエネルギーサービスするライフラインが必要である。地震や天災でそれらのライフラインがシャットダウンさせられるとその家では生活が出来なくなる。しかし、この卵はライフスポットで自立することが出来るように挑戦しているのである。
母親の胎内に居た時は、お母さんからの栄養分を血管というパイプラインを通して与えられていたが産み落とされた卵は自力で生きていかなくてはならない。リプチの森のたまごは住宅ではあるが、まさに生命を宿したたまごそのものである。
正面外観の木の上にたまごが載っている。そのたまご窓は室内側からは瞑想室デンの丸小窓である。
現在20家族がリプチの森に住んでいる。そして、そのリプチの森人にも新しい生命が4家族に宿った。まさにブラボー!
・・・・・小さい時の一番のご馳走が鶏の卵であったような気がする。栄養がとても沢山込められている。
   
野草に生み付けられたたまご     シンボルのリプチの森のたまご     デンの内部から見るたまご窓
  
太陽光発電パネルと集熱パネル   リプチ通りの突き当たり         200年住宅(外観)      
    
広がる2階LDKはワンルーム      リプチカフェもオープン          多くの人達がやってきた     
  
元気の出るリプチ踊り          南側に隣接するリプチの丘        福島江にもハヤでにぎわう
  
      
リプチの森のたまごシンボル (秋山孝氏作品)

投稿者:高田 |

田園風景はいよいよ稲刈り風景に変わった。日照不足から例年のようには刈り入れできないのではと関係者は心配している。毎朝、稲の成長を見ていると凄い感動を覚える。一つは3ヶ月で1mも茎が伸びるのである。一日1cmの成長と言うことになる。そして、時期が来ると一気に稲穂が姿を現す。前日までは稲穂のイの字も感じさせなかった穂が出揃うのである。
早朝散歩の時に出会う農家の皆様の収穫に対する反応はいまひとつパッとしない。「今年はこの天候だからあまり収穫を期待できない」と口を揃えて言うのである。確かに日射量が平年よりもかなり少ない様である。
そこで水稲現場検証員(?)である私の登場である。毎年のことであるが、散歩途中で米粒を数えるのである。
更に米粒数・米粒の大きさを調べるためのサンプリングを頂くのである。一株からは約28~33位の茎が出ている。
そしてその一茎からは10~13の穂が出ている。その一茎には米粒がいくつなっているかを調べるのが私の楽しみである。
昨年は私のサンプリングでは平均128粒であった。今年のサンプリングからは119粒であった。7%ダウンであった。農家の方が言うのもそうなのだなーとうなずいてしまう。しかし、一昨年前のサンプリングでは同じ115粒であったから、きっと数年間のサンプリングからはそれ程卑下した数字でもなさそうである。問題は一粒々々の質と大きさと甘みである。
大学時代は東京で自炊しながらの生活。一番やっかいなのが食事〔お惣菜を何にするか?〕を作ることである。
ついつい3日分のカレーを作ってしまうリズムは今でも懐かしく思う。そんな時、コシヒカリの新米が田舎から届く。
一緒に届く梅干。炊き立てのご飯に梅干。どうして普段食べている東京で買うお米とこんなに甘味が違うのだろうか?もはやお惣菜は不要。梅干一つ・塩一振りでご飯を何杯でもお代わりできる。
ご飯のことを“まんま”と言う。まさに「そのまんまが良い」=何も味付けはいらない。惣菜もいらない。
実るほど頭を垂れる稲穂かな!と言われるが、まさにその諺どおりの風景を目の当たりにすることが出来る。
そして収穫時期は必ず台風シーズンと重なる。足腰の弱い稲穂は風がちょっと当たっただけで直ぐに倒れてしまう。
倒れると刈り入れに大変労力が必要でもある。台風よ、来るなら稲刈りが終わってから来てほしいと祈るのは人間の勝手であろうか?越後路は質・量共に全国一の水稲産地である。麦の産地ではないが、この時期になると思い出すバイブルの言葉に「一粒の麦、地に落ちて死なずば一粒のままなり、落ちて死ねば豊かに実を結ぶ」とある。季節は動くが、ミレーの落穂ひろいの絵を語るにもっとも似合っているし、大変強烈でもある。〔聞けば敢えて刈り入れ人は10%分を残して刈り入れるという。大地の恵みをシェアリングする習慣には脱帽である〕反対に日本人の観念の中には一粒のお米の中には3人の神様が宿っていられると小さい時から教え込まれる。刈り入れの落ちこぼしの無い様にといわれて育つ。ご飯粒一粒の中に三人の神!食べ残しの時にはお袋の声が子供達には耳にたことなって残響している。
時間と空間:歴史の中で育まれてきた越後生まれのお米たち。幾千年となく地に落ちては実をつける。幾十倍にも、幾千倍にも豊作の黄金色の風景を彩ってくれるのだから。品種改良に改良を重ねて生産地の北限記録を伸ばしてきた。人間の知恵と自然の恵みの協奏を地で行っている越後路の今日この頃である。

   
稲刈りをする影武者                         実るほど頭をたれる稲穂かな                まだまだ青いぞ
   
新品の機械で稲刈りもウキウキ    完璧な刈り様は、ミレーの落穂ひろいを思い起こす     2009年度の標本です

投稿者:高田 |

アンビリーバブル:メイクドラマ:グレートサプライズ:優勝以上の良い戦いであった。
第91回全国高校野球選手権大会が終了した。梅雨季が長引き何度も中断するゲームあり、インフルエンザでメンバーが変わるチームありで、波乱万丈となった。
優勝決定戦は8月24日〔月〕13:00開始であった。
愛知県代表として43年ぶり7回目の優勝を狙う中京大中京高校と新潟県代表として初めて4強に勝ち進むことが出来た日本文理高校との対戦であった。全国4041校の天王山を決める戦いである。
大変な激戦の末、優勝は愛知県の中京大中京高校に軍配が上がる。10対9である。
惜しくも優勝を逃した日本文理高校であるが10対4で迎えた最終回9回表の打線の炸裂には目を見張るものがあった。
しかも、2アウトからの連続打点であった。5点を返し、尚三塁・一塁に走者を置いての息を呑む投球は、強烈なサードライナーで終了した。オー・マイ・ガッド・グレートサプライズ!こんなことってあるのだろうか?新潟野球を見せると言っていた監督・選手達の想いが形となって現れた。一球一球に込める投手の入魂・迎え撃つ打者の闘魂。野球は9回の2アウトからと言うがまさにその言葉を目の当たりにしてみた。6点差で迎えた9回2アウト:手に汗を握るとはこのこと。誰も予想だにしなかった展開であった。
今、折りしもNHK大河ドラマで放映されている天地人:越後の知将、直江兼続が脚光を浴びている。直江兼続役の妻夫木聡氏から寄せられたメッセージは「日本文理の戦いは粘り強く、最後まで諦めない上杉の精神が今でも受け継がれている。」というものであった。9回2アウトで6点の差があれば誰でも勝敗は明らかであった。しかし、1点差になった時には守る中京側ナイン・監督の動揺はいかばかりであっただろう。焦る投手の顔にも共感せざるを得なかった。
一方攻める日本文理側には、9回2アウトを意識させない落ち着いた攻撃で1点・また1点と点を加えていった。
しかし、もし最後の強烈なサードライナーが取られなかったら!と考えると単純な喜びでもなく何故か不思議に心が戸惑ってしまう。あまりにも凄まじい激闘のプロセスの前に結果が如何にちゃちに見えて来たのは私だけであったろうか?
3アウト試合終了で、涙の顔は優勝したチーム中京大中京ナインであり、準優勝の日本文理ナインは満面の笑顔であったことからも証明された。「優勝以上の戦い」であった。誰もが感じ、誰もが口にした言葉でもある。同時に優勝したら使えない言葉でもある。メイクドラマは、優勝だけではないことを見せ付けてくれた。
おめでとう。両軍よ。 

チーム名

1

2

3

4

5

6

7

8

9

日本文理

0

1

1

0

0

0

1

1

5

9

中京大中京

2

0

0

0

0

6

2

0

x

10

投稿者:高田 |

遠者悦・近者来:(?)APM〔秋山孝ポスター美術館長岡〕では様々な感動物語がありますが、そのひとつが遠者が来!
論語に「近者悦・遠者来」と言う言葉がある。良き政治をしていると遠くからも民が集まってくると言うことわざである。
中国故事:葉公長官が偉大な思想家・為政者:孔子を招き教えを乞うた「役人が民と上手くやっていくのは中々厄介だ。
政治の要諦についてどの様に考えていられるか?」と。その時に孔子が発した言葉が「近き者悦び、遠き者来る。
即ち、近い者が喜び、その噂を聞いて遠くの者が自然にやって来る。そのような政治ができたら、それが一番いいのではないか」と答えた。この反対を一口で言えば“まず近くの人に喜びがないのに遠くの人が集まってくるわけがない”である。集まり方にも順番があり順序が大切であるといって良い。国家の繁栄バロメーターの一つに民が集まってくるか、反対に離散していくかがある。集まるところにはエネルギーが高まり結果として国家は栄えるのである。(過程は違えど、少子高齢化の日本・減少する人口の国は確りとこのことを肝に銘じなければならない。)バイブルに“汝自身を愛するように何時の隣人を愛せよ”とある。何気なく居ると通り過ぎる言葉であるが、ここでも順番・順序は大切であることを示唆している。まず“本当の意味で自分を愛せない人は他者を愛することができない”と言うことになる。しかし、反対のこともある。
「摂田屋地区に生まれ育った私もつい近年までは醸造の町摂田屋がそんなに凄い町であったとは思わなかった。
外部から来た方が発見してくれて初めて見直す。まさに灯台下暗しある。」芸術の世界で世界的に評価された人でも、遡れば、必ずしも生まれ故郷で最初に評価されていたとは限らない。むしろ、珍しいと言ったほうがいい。
日本国内では評価されなかったが外国で評価されて日本で再評価されるとか?芸術の世界では多々ある話でもある。
ドイツ人ブルーノタウトが日本の美を「桂離宮」に発見した時もそうである。渦中・日常に居ると特に評価するほどのことでもなく、むしろ、当たり前のことが外国人によって評価される例は幾万とある。論語の言葉を逆転してしまっている。「遠者悦・近者来」逆輸入現象もある。ドイツで買った刃物を得々と使っていたら「あ~それ、三条市(新潟県)で作っているんだよ」と指摘されてしまった。思わず“えっ”である。
APM〔秋山孝ポスター美術館長岡〕が7月12日にオープンして1ヶ月以上が経過した。APM来館者が市外や県外からむしろ多くお出でのような気がする。これには我々サポーターズ達にもびっくりである。
情報化社会!情報獲得手段が高速インターネットになったからでもる。一瞬のうちに目的物を探してくれる検索機能付きであるから話は早い。知る人ぞ知る。秋山孝ファンは全国津々浦々までおり、美術館オープンを知って遠方からも沢山の人々が来館された。秋山先生は7月には上海で個展と講演を開催。8月にはタイバンコックで個展と講演を開催。世界中からファンがやってくるのも楽しみである。火曜休館は告知しているのですが、先々週に東京からおいでの方が名詞に「残念,本日が休館でした。」と書き残して立ち去ろうとするところをサポーターズのスタッフ田上さんが見つけて、入場していただいた。(昔の田舎のバスは手を上げると、停留所でなくても止まって乗せてくれる風景は、決して珍しくもありませんでした。そんな懐かしきも麗しき美術館と言ったら良いかも知れない?)この様に、遠方から多くの方がAPMにおいで下さる。その情報を得た地元民が秋山先生を再評価しているのが現実である。建築屋の私達もお手伝いさせていただいた築縁様〔建築主様〕がまずお喜びになる姿を見て次の建築主様がおいでになられる。更に言えば、C.S〔顧客満足〕の前にS.S〔スタッフ満足〕が大切であるという事でもある。又、今を大切に出来ない人に将来を大切に出来るはずがない。小さな事を大切に出来ない人に大きな事を任せられない。と言うバイブルの言葉がフッと頭をかすめた。

   
       
見城美枝子さんも麗〔娘さん〕と来館    見城先生へサインする秋山先生     APMから徒歩5分,サフラン酒の鏝絵の蔵

投稿者:高田 |

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