フラッシュ暗算に驚愕:お子様に算盤を!
* 二月の第一土・日は弊社にとっては待ち遠しいイベントが開催される。長岡本社で計画されている築縁会である。
今年で14年目になる。開催は13回である。中越地震が起きた翌年はその築縁会は中止されたからである。
・ 今年の築縁会である第一土・日は4日と5日であった。
・ 大寒波が日本列島を覆う時期と重なる。それでも新潟県の4日と5日は荒天候が一服中休みという恵まれた日になった。その二日前の2月2日は高速道路上で立ち往生寸前であったことを想うと5日の日には太陽さえ覗いてくれている。ありがたい。
・ 2月2日16:00頃の六日町は穏やかであった。強風がやってくると言うから打ち合わせを終えると同時に帰路に着いた。私たちの車は関越高速道路に六日町インターから乗り長岡に向かったのであるが、電子表示板はすでに小千谷~新潟亀田間は交通不通と掲示されていた。それでも、小千谷まで行ければ十分と思いきや高速道路に乗るなり凄い勢いで雪が舞ってくる。
・ 30分ほど前の様相が一変したのである。そして強風:正に地吹雪であった。視界ゼロに幾度か襲われ、アクセルストップを余儀なくされてしまった。前の車が見えない。後続の車も見えない。更に心配なのはガソリンが2目盛りしか残っていないのである。もし、このまま地吹雪が終焉しなかったら。どこかのニュースでやっていたような風景がまぶたに映る。幸いなことに隣の小出インターに下りる様に発煙筒が空港の滑走路の様に焚かれていた。

高速に乗ったばかりは視界良好:なのにすぐに視界不能!・・・・・・・・・・・・・・・小出インターで強制的にした道に誘導!
・ 次にやってきたのは交通渋滞!それでもインター近くのガソリンスタンドで給油した時は“ホッ”であった。どんなに遅くても動いていれば目的地に着けるからである。
・ 帰宅してテレビを見る。全国いたるところで大寒波が猛威を振るっているニュースが飛び交う。2m降る土地に2m降雪しても驚くに値しないが、平年では10cmであるところが50cmも降雪すれば5倍である。それはびっくりである。
・ そんな大寒波の真っ最中での築縁会であったが4日・5日の当日は恵まれた。
* 築縁会の築は建築の築:建築を通してのご縁を大切にしようと言うものである。
・ 建築屋にとってはアフターサービスと充実させようと言う。しかし、よく考えてみると、それは建築業者の視点である。建築主様の視点に立てば、すまいを始めるスタートである。だから、屁理屈の様に聞こえるだろうが弊社はスタートサービスと呼ぶことに固執する。
・ 今年の築縁様の参加者は89組であった。インフルエンザが横行している事と大雪の中での行事なので突然のキャンセルも発生した。私も一日で三軒お邪魔した。築縁様の温かいおもてなしがうれしい。

野口様にて!外ではご父母さんが雪下ろし! 青葉台の佐藤様! 小黒珠算塾様の教室でパチリ!
・ 高田建築事務所サイドは弊社スタッフと木族の会の皆様(協力業者さん)と同行するのである。今日のこの日の為に昨年末から段取り始まっており、お届け物の準備が年明けに終了する。
・ その一つに築縁会通信が作られる。(委細はホームページのご案内を見て頂けるとありがたい。)その中に社長インタビューコーナーがある。築縁様に社長役している私の想いを伝えて頂くのである。(以下転写するとして)
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
* 2012築縁会通信:社長インタビュー 20120204・05
築縁会は「謝・聴・熟」 (株)高田建築事務所
築縁会は「謝・安・学・紹」 代表取締役 高田清太郎
* 会社としてこれから育んでいきたい「夢」はどんなことでしょうか?
・ 高田建築事務所新潟営業所が今年6月1日で20歳を迎えます。(高田建築事務所自体は36才に・タカモクは62才になります)多くの夢を携えておいでになられる築縁様と夢実現の為にスタッフ共々成長して行けることを祈念しております。
・ 6月9日(土)20周年を祝うイベントを新潟で計画しております。子供たちから高齢者皆様も楽しめる一年でありますように祈っております。
・ 先日、銀行さんから頂いた情報の中に「企業を開設して10年を乗り越え継続している会社が2%しかない!と言う。」なんと98%が10年以内に退場しているとうのである。継続・継承はとても重大な「育み」と想い心したいと思います。
・ 今年も高田建築事務所と愉快な仲間たちで「感謝と感動の長岡花火」を打ち上げられるように頑張りたいと思います。
・ APM(秋山孝ポスター美術館長岡)が今年は開設3年目になります。3周年記念を内容あるものにしたいと思っております。皆様の御参加お待ちしております。
* 社長個人として育んでいきたい「夢」はありますか?
・ 私も還暦が過ぎてあっという間に2年が過ぎました。(速い。実に時がたつのが速く感じています。)夢は沢山ありますが、一つは高田建築事務所が巣舞づくりを通して築縁様から育てて頂いた個性を継承していきたいと思います。昨年から始まった社聴熟(社長塾)もその一つであり熟(塾)の充実を図りたいです。今日の築縁会の「しゃちょうじゅく」は「謝聴熟」です。私達の会社を支持して下さっている築縁様に感謝し、築縁様の個性ある独特のすまい方を聴いてきましょう。そしてさらにこの会を熟させましょう。
・ 昨年から新潟大学で建築を学んでいる大学院生と「建築と倫理」:「理想の建築」の追求講座を持たせていただいております。学生たちに負けないくらいに勉強したいと思っております。
・ 大林監督による4月先行上映予定の「この空の華」:長岡花火物語を応援しております。地元の英傑:山本五十六の映画と共に多くの人々にお勧めしたいです。
・ 私のブログ「千一朝物語」もこの2月22日で千日を迎えます。新しいブログのタイトルは夜から朝:そして今度は昼にあやかって「千一ヒルストーリー」をスタートできればと思っております。今までは1週間に1ブログでしたが、ヒルストーリーは不定期になることをお許しいただければと思います。
* 2012年築縁会にご参加いただいた築縁様にメッセージを一言。
・ 社会・経済環境が厳しい中、今年も弊社元気に築縁会を開催させて頂けることは一重に築縁様のご支援があるからであります。感謝申し上げます。
・ アフターサービスは建設側の言葉:築縁様にとってはスタートサービスになります。このサービスの充実を心掛けていきたいと想います。住まわれてから新しい発見等がありましたら是非ともお聞かせください。
・ 最後になりましたが、皆様ご家族様のご健康とご平安をご祈念申し上げます。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
* 私の参加させて頂いた築縁様の一組に長岡市内に小黒珠算塾さまがおいでである。竣工・すまいがスタートして今年で4年目になられる。ご家族でそろばん塾を経営されている方であり建築計画は珠算塾併用二世帯住宅であった。
・ お父様(おじいちゃん)は長岡造形大学で木工関係の指導教師をされていた。巣舞づくりの途上では特技の木工技術を駆使して大算盤を作っておられた。初めて見た時は正にびっくりした。今ではそろばん塾の正面看板を飾っていた。
・ 長岡造形大学を昨年で退職され、いよいよ趣味の世界を羽ばたきたいと宣言された。こちらのスタートも秒読み開始である。ご成功ご祈念申し上げる次第である。

雪に埋もれた珠算教室の看板! 大そろばんは塾の看板! そろばん教室入口は人顔の正面ファサード!
・ 4日(土)の日に私と弊社スタッフ(インフォメーション所属)・木族の会二名(大工さんと住設関係の仕事)と合計4名でお邪魔した。
・ 新しい出会いととても多くの事を教えて頂いたのでご紹介したいと思う。お母さん(おばあちゃん)がはじめられたそろばん塾を継承しているのが息子さんご夫妻。孫さんがお二人おいでである。息子さんは元さんと言い、塾頭もやっておられる。元さんの塾の話が新聞とTVで取り上げられていた。珠算競技で優勝者を何人も出されていたからである。(こう言うわけで3年ぶりではなく私の方からの一方通行であるが小黒元さんには2回ほど出会っていることになる。)

元さんチラシは迫力満点! そろばん川柳に思わず笑顔が! 自慢の玄関でパチリ!
・ 話題が優秀な生徒を育てておられることに興味をそそられるのであるが、特にフラッシュ暗算である。TVでも一瞬にして数字を読み取り答えを出すと言う番組を見たことがある。
・ とても不思議でならなかった。その練習現場を小黒珠算塾さんで見ることが出来た。
・ 私自身も小学校の時にそろばん塾に通ったことを想い出す。とったのはやっとの3級である。その後商業高校では実務2級を取ったが種類が違う。暗算の級挑戦にはとてもとても及ばなかった。
・ 3ケタの数字を15個足し算をするのである。3.5秒で回答できれば9段(?)である。数字がディスプレーに映される時間は限られている。すると、一コマが0.23秒毎に変わることになる。なんと0.23秒である。ともかく凄いスピードである。私などは数字自体を読むことさえままならない。正に脱帽であった。
・ どうしてこんな能力ある人がいるのだろう?とつぶやいていると、「訓練です」のひとことであった。ここでも「やる気」の土壌の上に訓練が大切であると言うことになる!
・ それでも頭の中がどうなっているのか興味があるので、お聞きすれば一瞬にして答えが出るのではないそうである。頭の中にある算盤の玉を恐るべき速さで動かしていると言うのである。あくまでも算盤ではじくそうである。紙に書いて計算する「筆算」では出来ないと言う。

フラッシュ暗算にはともかく驚愕である! よーいスタート:一人で確認できる! 二けたは軽いという!
・ 渋沢栄一翁の言う「論語と算盤」の算盤とはくくりが違うが、日本人がとても大切にしていた文化そのものの様な気がする。日本人にしかできない技術!その基礎を大切に継承したいものである。
・ お聞きすれば、小学生からでもいいが幼稚園の年長さんクラスからはじめればもっと良いと言っておられた。
・ このブログをお読みの皆様でご自分、または、お子様に算盤を進めようとされる方は是非とも小黒珠算塾さまのドアを叩いてみてほしい。
・ 家計簿の中では教育費の比率が高くなっていると言う。少子高齢化だからきっと1人当たりの教育費を考えればかなりの額が一人にかけられている。
・ ゆとり教育の弊害が出てきたと嘆く前に算盤玉に聞いてみては如何だろうか?
・ 閉塞感の時代、新しい玉がはじけて意外な展開が待っていることと思う次第である。
* 築縁様の皆様:有難うございました。来年もご参加されることを祈念して御礼のご挨拶とさせて頂きます。


できたてほやほやの築宴会通信がとどけられる! 今年入社の4名も自己紹介をしっかりとしていた!

雪の作る造形はとても面白い!雪庇がドーナツのようにつながった、そして落ちた。 バルタン星人は消雪水が母?
まちかど美術館は青空美術館:小さなアーティスト達の発表舞台になることを期待して!
2011/10/08(土)は晴れあがった。前日までの雨がすっかりと晴れあがり街角に作品群がたくさん展示された。雨と寒さが続いただけに屋外美術館は晴れやかな舞台になった。
青空美術館である。雨が降れば大変なことになる。雁木のある処だけになると1か所に数作品が重なり一つ一つの作品を楽しむことが削がれてしまう。天気あっての青空美術館でもある。
この日は摂田屋おっここ市である。毎年10月の第一土曜日に開催される米百俵祭り(会場は長岡市大手通)と連動しての開催である。今年は第二土曜日に変更になったが多くの方が足を運んでくださった。イベントごとに思うことであるが、入場者の数が成功のバロメーターのひとつでもある。
主催者側の発表では1万人(毎年そういうことにしておく?)だと言っていた。
私もオープン前の会場準備中と午前中と午後から三回出かけてきた。午後の三回目は孫娘と一緒であったから私自身にとっては余計に賑わいが出た。

サー展示するぞ!展示を楽しむスタッフたち! 親子で展示場所探し! どうだこんなでいいかな?

宮内駅前交差点に設置された! 交差点から摂田屋方面を眺む! 宮内駅前交差点から駅を眺む!
二年前までは我が社もブースを持って参加していたのであるが、秋山孝ポスター美術館がオープンしてからは美術館周辺を守備範囲とすることにした。核を拡げることでまちづくりも拡がるからである。宮内・摂田屋の町おこしも「点から線・そして面へ!」の拡がりを期待している。JR宮内駅前から歩いてくる人々におっここ市会場までの途中に位置する美術館でアートを楽しんでもらおうと言う趣向である。椅子も用意し休息もとってもらえる設えである。

秋山隆ポスター美術館長岡を中心に展示されるマイタワーたち:そして説明する若き学芸員たち!
レトロの風情を残すワタナベ床屋さん! 歩道におかれた作品たち!

思わず立止まってしまう!
そして今年は宮内駅前から秋山孝ポスター美術館長岡までの商店街の歩道を利用してまちかど美術館をオープンしたのである。指導教員は上組小学校の先生方(長谷川先生・富樫先生・二宮先生と当日の目黒研修先生)である。弊社の切込隊は平沢君であった。
若い作家達は上組小学校六年生の児童さんたち。制作共通テーマは「12歳のマイタワー」である。小学校6年生は12歳:生まれてから本日までの記憶とこれからの目標に対する思いを形にすることにしたと長谷川先生から聞いていた。
以前のブログで紹介した様に弊社タカモク工場(高田建築事務所プレカット部門・資材部門・大工部門)で端材を使って作品作りに励んでいた。工場では完成できなかったが学校に帰って家庭科工作室に持ち込み完成をさせ色付けまでしたのである。(粗木に着色は結構難しいが、その割にうまく着色されていた)
私が完成作品と再会したのは展示日当日である。家庭科室にずらりと並べられた作品はどれも完成度が高く思わず、唸ってしまった。出来た~!であった。
オープン時間は10:00AM~3:00PMである。大変短時間の展示生命であったがそれだけに伝えるエネルギーが伝わってくる事も一目で確信した。
準備は若きアーティスト達と父兄の手をお借りして上組小学校の先生と弊社スタッフとで始まった。
作品も多く配置には時間がかかる。7:30AM集合であった。終わったのは 丁度2時間後の9:30AMであった。もうすでに会場に足を運ぶ人々がちらほらと始まっている。
97作品は並ぶと圧巻である。商店街歩道に並べていると商店街の皆様から声援を頂いた。勿論、普段も花壇等で町をアッピールして下さっていたのであるが、「12歳のマイタワー」が配置されると作品達とコラボして今までと一味違った、とても華やいだ空間を創造してくれた。
参加者の皆様お疲れ様でした。この趣向が今年1年で終わらないでほしいと思った。反省会では毎年が無理ならビエンナーレでもトリエンナーレでも良いから是非とも継続していきたいと言う思いが確認された。Succeed is Success!

街角に出発前に並んだマイタワーたち! 打ち合わせする平沢君に長谷川先生

二宮先生は雨は大丈夫かと外を覗く! 富樫先生は一品一品チェックにかかる!
先立つこと一週間前の10月1日は秋山孝ポスター美術館長岡(APM)は衣替えである。
メッセージイラストレーションポスター展3の開催である。
7月から始まった秋山孝先生の作品展示から多摩美術大学院生の作品群へのバトンタッチである。閉館期間が10月31日であるから丁度1か月間である。今年も見ごたえのある作品群である。是非とも足を運んでほしい。
その日は3:00PMから第13回目のAPM大学校が開催された。
第13回目のテーマは「長岡におけるデザイン教育の歴史」についてであった。
そして今回のゲストは秋山孝先生の高校時代の恩師でいらっしゃる美術の木村保夫先生である。会の進行はいつもの様にゲストの木村先生からテーマに沿って基調講演を行って頂きその後、秋山先生との対談になる。
お話は長岡のデザイン教育に携わった指導者たちのレジュメ紹介から始まった。田代修一・吉田三郎・高田信重・小宮重吉・藤田かずひろ・大川民次郎各先生である。
そして新潟大学を卒業された大智浩先生・新潟県出身の亀倉雄策先生(東京オリンピックの公式ポスターの作者)の話に進み新潟県高等学校商業美術展にお話を続かせられた。
戦後の美術は純粋美術と職業美術(工業美術・商業美術)に分かれて進んだ。特にショーウィンドウの中でのポスター美術は先陣を切ったお話はとても興味深かった。
木村先生は私の高校時代の美術の先生でもある。先生の優しさに包まれた授業は印象的で、後に建築を志す私にとってはとてもためになった。
行楽の季節・お忙しい中お出かけくださり参加してくださった皆様には心から感謝いたします。大変有難うございました。

木村先生と秋山先生の対談! 講演後は記念撮影に決まっている! 先生お疲れ様でした。乾杯!
一年間に4回~5回の美術館大学校を開こうと言っていた。秋山先生の希望を後押ししてくださる方々にもただ感謝である。
前々回の12回美術館大学校は私がご尊敬申し上げている長岡造形大学理事長の豊口協先生であった。長岡祭りと重なって報告が遅れたが、今年の大学校を終講するに当たりご報告をさせていただくことにする。
豊口先生からは秋山孝ポスター美術館長岡の運営委員長にご就任に頂いている関係でもある。
(秋山ポスター美術館長岡のホームページを見ていただきたい)
第12回美術館大学
日 時:平成23年 8月 3日(水)15:00-16:30
場 所:秋山孝ポスター美術館長岡
講 師:豊口協氏(長岡造形大学理事長、APM運営委員会会長)
秋山孝氏(APM館長、多摩美術大学教授)
題 目:「夢を抱いて明日に希望を!」
参加者数:65名
1970年、日本で万国博覧会が開催された。戦後、高度経済成長を遂げ、経済大国となった日本にとって大きな意味を持つイベントである。
今回講演していただく豊口協氏は、万国博覧会(大阪万博)で電電公社のパビリオン建設に携わったという経験を持つ。美術館大学では「夢を抱いて明日に希望を!」という題目の下、そのときのお話を拝聴した。
豊口氏が関わった大阪万博での電電公社のパビリオンは電気通信館、テーマは「人間とコミュニケーション」であった。建物をいくつかの空間に分け、それぞれのコミュニケーションの形を展示することとなった。
最初の空間は、原始的なコミュニケーションの姿である母親と赤ん坊の関係を表した「赤ん坊の空間」とした。壁一面にテレビモニターを埋め込み、すべての画面に泣いている赤ん坊の映像を映す。「呼びかけの空間」では、天井から6,000個もの受話器をぶら下げた。その受話器からは各国の言葉が聞こえてくる。また、メインの広場では世界初の東京、京都、種子島を結んだ多元中継が連日行われ、人気を博していた。
豊口氏はこれらの企画だけでなく、展示や展示に関わるすべての業務に関わった。たとえば「赤ん坊の空間」では壁面に並ぶ大量のテレビモニターを調達しなければならない。赤ん坊を泣かす映像も撮らなくてはならない。「呼びかけの空間」では6,000個もの受話器を確保しなければならない。当時は広告代理店などもなく、限られた時間と予算の中、それらの交渉から撮影まですべて自分たちで行ったという。これらを30代のうちに経験できたことは大きな糧となったと豊口氏は語った。
秋山館長との対談では、「未来に対して大切なメッセージは?」との問いに対して「創る力と考える力が重要」と応じた。豊口氏が理事長を務める長岡造形大学では一般市民に「本格的なものづくり」を体験してもらおうと講座を用意している。自分の作ったものを介して人とコミュニケーションをとり、ものづくりの喜びを感じてほしいと開催しているものだ。「創る力と考える力」を育む環境を提供している。(APM職員森山女史からの報告)
豊口協先生の講演会に熱心に聞き入る聴講生! 豊口先生と秋山先生の対談も大変ためになった。
弊社スタッフの思い入れの強い平沢君のリポート!

おっここ市会場は一夜城ならぬ、一朝城! ステージ前で一休み! CAT(商業・農業・工業)高校の学生達コーナー

星野本店(味噌・醤油製造)の3階建て蔵前は長岡造形大学の生徒の展示されてた。

20110803 19:55打ち上げ開始! 撮影 WADA PHOTO STUDIO
動画再生(wmvファイル 14、316KB)



撮影N.Satou


* 牧野圭一先生からのお手紙を載せいます。
・ もちろん先生のご許可を頂いて。
・ とても素晴らしい感動の文章と芸術的な書体です。

小池一三さんから届いたメール

2006年高田建築事務所30周年記念イベント司会する小池一三氏
27回 処暑
花 火
やゝあつて花火の空の星となり
西東三鬼の句です。
テレビで、気仙沼で打ち上げられる花火を見ている被災者の横顔が映し出されました。それを見ていて、この句が思い出されました。お盆の時期に打ち上げられる花火は、人の追憶と重なります。ドーンという音がして、「やゝあつて」花火が夜空に開き、そして飛散します。それはとても儚いけれど、こころの中に星として残ります。花火を見上げている人それぞれに、そこには物故者がいて、光の尾を引きながら燃焼し、散り行くけれど、星の輝きとなって、それぞれの記憶に留まります。
物故者の「物」は、「勿(なかれ)」を意味し、「故」は「事」を意味し、「もはやこの世にない人」を表しますが、「物」は服用する衣服、「故」は「古」で、衣服が古びるように人も死んでいくことを意味してもいます。
こう述べると、非常に物理的でありますが、こころの中には生きていて、夜空の花火の中に生き生きと、鮮やかに、くっきりと、その人が蘇るのです。哀しいけれど、美しい一瞬です。
長岡の高田建築事務所の高田清太郎さんの招きを受けて、数年前に、長岡花火を見に行きました。正三尺玉が、ほぼ正面に見える場所での観賞で、果たしてそれは、聞きしに勝る大きな花火でした。
まずお腹の中に響く音が凄いのです。たくさんの観賞者のどよめきも何もかき消され、そうして、視角を超えて真上いっぱいに広がり、火花が観戦席にまで飛散しました。
わたしはこういう場合、花火の観賞者であると同時に、周りの観賞者の反応や表情に耳目が立つ癖があります。けれども、この時ばかりは花火に目を奪われ、その余裕がありませんでした。
越後は花火が盛んなところで、なかでも長岡、小千谷の片貝、柏崎の花火が有名です。開催場所からそれぞれ「川の長岡」「山の片貝」「海の柏崎」と表現されていますが、片貝の四尺玉、長岡の正三尺玉は、度肝を抜く大きな花火で知られます。
長岡の花火は、敗戦の翌年に、長岡空襲で亡くなった人を弔うため行われたのが起源だそうです。打ち上げの場となった信濃川河川敷は、夜空が大きく広がっていて、後に打ち上げられるようになった正三尺玉は、この場所にふさわしい大輪の花火です。
山下清画伯は、花火が好きな人で、花火大会開催を聞きつけると全国に足を運びました。
この人は、映像記憶力が抜群で、記憶にとどめた花火の情景を貼絵で描きました。その代表作が「長岡の花火」でした。
世につれて花火の玉も大きいぞ 一茶
花火やむあとは露けき夜也けり 子規
花火があがる空の方が町だよ 尾崎放哉
暗く暑く大群衆と花火待つ 三鬼
わ~~!お~~!すご~い!ナント!What!How!こりゃなんじゃ!ギャー!キャー!何という花火だ!言葉にならない観衆の感動シーンである。100分の連続である。連続すると吐息にも似てくるから不思議である。
我が社も昨年に引き続き長岡花火に参加した。ベスビアス超大型スターマイン!今年のテーマは「育夢創造」である。スマイル君の後に青葉の成長を型花火で表現したものである。
8月3日(水)二日目の午後7時56分打ち上げである。二年目なのに昨年よりも緊張している一瞬であった。昨年と同様100m近く離して二か所から同時打ちである。徐々にではなく一気に打ち上げるのである。最初はカラフルな花火からシルバー玉に変わり5寸・7寸・10寸と段々大きく打ち上げていく。最後は音だけのカヤブシである。このカヤブシは昨年よりも多く打ち上げることにした。夜空に見事に輝き一瞬の饗宴であった。長岡花火の基本は勢いであった。その勢いをなくしたくなかった。嘉瀬花火師さんと打ち合わせしての打ち上げであった。
7.30水害で危ぶまれた今年の長岡花火も、結果としては無事に開催され多くの観衆を堪能させてくれたが、その決断や準備には大変な心労を使われた人々のお蔭様である。
TVでは全国ニュースで下越地区の氾濫した信濃川を何回も映し出していた。その信濃川での花火大会である。県外の皆様からは集中豪雨に対してご心配の電話やメールをたくさん頂いた。長岡花火の話題さえ出なかった、その三日後には打ち上げである。
7月30日にはすべて冠水した信濃川の河川敷での打ち上げであるから、開催寸前まで決断を迫られた花火大会である。7月31日からは晴れあがったのであるが水が引き観覧席は土砂で埋もれてしまった。特に左岸である西側である。長岡市の命令一下で建設業者関係を中心に集められ、堆積した土砂を運び出す作業が昼夜兼行で行われた。もう一日雨が続いていたら多分長岡花火は見送られていたと思うぎりぎりの境であった。まさに危機一髪であった。
また、花火二日目の8月3日は朝から天気が良かったのに午後の4時ころから突然の土砂降りである。雨の中、観る方も打ち上げられる花火も可哀そうである。両日で80万人以上が観覧する花火大会だけに何とか晴れてくれることを祈った。
幸いなことに打ち上げ1時間半前には晴れあがった。空は澄み切った青空!まるで本番前の露払いの様であった。
長岡花火は毎年様々な人と観ることにしているが、会社で上げる様になってからは確りとまとまった席を予約してスタッフ家族・知人・招待客様と一緒に観ることになった。昨年の評判が良かったのか、昨年参加したスタッフはほぼ今年も参加であった。
今年のお客様は大学時代の私の恩師であり、昨年開催された巣舞の見学会500回記念シンポジウムのパネラーになって頂いた斎藤公男日大名誉教授ご夫妻である。斎藤先生は世界各国を飛び回っておられる方なのに長岡花火を観たことがないと言う。それでは!と言うことでおいで頂いた。超多忙の先生である。前建築学会の会長もやっておられた関係で会議と会議の狭間でご覧いただいたのである。そして、観ていた時の先生の感想は?「どう表現したらいいのか言葉にならない」「お~~」であったという。
もう一組は見城美枝子さん(元TBSアナウンサー・青森大学教授)と叔母様であった。78才のおばさまは、一度は観てみたいと思っていた花火だったので大感激であった。見城さんは2年ほど前に娘さんとご一緒に観られていたが、電話で長岡花火で当社も上げていますと言ったら、時間が合えば是非と言うことで今回の来岡になった次第である。
そして、昨年に引き続き秋山孝多摩美術大学教授(秋山孝ポスター美術館館長)である。昨年に引き続き「高田建築事務所と愉快な仲間」が打ち上げる時には、全員起立:三々七拍子の音頭をとってくださった。長岡出身の先生にとっては観るのが当たり前!丁度、この日の午後はAPM美術館大学校が開催されていた。今回で12回目になった。講師は豊口協長岡造形大学理事長様である。「夢を抱いて明日に希望を!」先生が歩んでこられた歴史(大阪万博・つくば科学博等)を振り返りながら「参加者に激激を飛ばしておられた」
そして、昨年APM大学校の講師にもなって頂いた時から楽しみにしておられた牧野圭一京都造形大学教授ご夫妻であった。京都からおいでであった。宿泊は100km離れた湯沢で予約であったとのことである。
更に、斎藤先生が来られると言うので急遽参加された山下秀之長岡造形大学教授・奥様の真理子さんであった。
我が家の親戚関係者も多数参加してくださった。元気が出る観覧席になってくれた。
来年に向かって高田建築事務所と愉快な仲間たちとで募金集めをしていこう。
多くの方から「見たよ!」「良かったよ!」とお声かけていただくと今年も打ち上げてよかったなと強く強く思った。
大型花火が連発されるが、なかでもフェニックス花火(中越地震からの復興を願って翌年から打ち上げられている。8月1日には東日本大震災の復興を記念して長岡市からこのフェニックス花火が石巻市に贈られている。)と天地人花火(NHK大河ドラマで越後の武将上杉謙信公の軍師である直江兼続を記念して打ち上げられる:愛と雪)である。総合 プロデューサーは加山雄三の長男である池端信宏である。今年も素晴らしで振付であった。時間にして3分弱ではあったがかなり長く打ち上げられていた様に錯覚してしまっている。
この日にはホノルル市長が長岡においでになられて長岡花火をご覧になられた。この前の大戦の始まりのそもそもはホノルル市を日本軍が急襲したところから始まったのである。リメンバー・パールハーバーと時ある毎に突き付けられた言葉であり、事実私たちもネバーフォアゴット・パールハーバーである。長岡と姉妹都市になることが公表された。長岡市長の花火開始ご挨拶の中に長岡花火は日本一ではなく、世界一の花火だと言いきられていた。今年3月に揚げる予定であったホノルルでの花火は地震で津波がやってきて中止になったが、近いうちに再開しようと言うものであった。)
折しも、大林監督による「この空の花:長岡花火物語」のクランクインが8月1日の長岡祭りの民謡流しから始まった。2日3日は長岡花火撮影。5日には左近の土手(原爆の模擬爆弾が落とされた地)でロケが行われていると言うので長岡花火を観に来た妹親子と同行した。なんでも姪は今回の主演女優である松雪泰子さんの大ファンと言うから神奈川から来た甲斐もあったと言うものである。
橋の上でロケ風景を見ている姪。スタンバイして歩いてくる松雪さん目と目があって、声をかけファンであることを告げると握手してくれたと大感激していた。
私と妹はちょっと橋の反対側の欄干に腰を下ろしていたのでそのタイミングに出会うことはできなかった。通り過ぎた時の横顔しか見ることが出来なかったが。東野圭吾著の“容疑者Xの献身”の主演女優であった。とてもナイーブな演技の出来る方であり、私も隠れファンの一人であったから余計にうれしかった。
何れにせよ、長岡花火の歴史を多くの人から知ってもらうためにもクランクアップするまで約50日間暑い中を格闘されるスタッフの皆様の御健闘を祈念するものである。そして、素晴らしい完成版が届けられんことを!楽しみにしている。
8月2日はご招待を受けて屋形船に乗せていただいた。
3日前まで濁流が流れていた信濃川の真っただ中である。川面に近い分わくわく感もぬぐえない。
長者盛りの新潟銘醸さんの日本酒:メダカの宿は飲みやすいので、ついつい多く頂いてしまった。酔いにつれて、メダカの学校のメロディーが信濃川の中と私の頭の中で流れていたようである。

今年も高田建築事務所と愉快な仲間たちが打ち上げるベスビアス超大型スターマイン:育夢創造打ち上げ開始です!
8月2日は屋形船に招待されて!雨上がりの川面近くで花火を堪能した! 日本酒メダカの宿を勧められるままに!

秋山先生・見城先生そして叔母様 天地人花火の打ち上げ開始 斎藤・見城・秋山・牧野・山下各先生
(
打ち上げ前の専務(飲み始め) 天地人花火が調子を上げる。 打ち上げ前の専務(沢山飲んだ時)

弊社スタッフ:花火打ち上げ前の夕食 弊社美女軍団:1 弊社美女軍団:2

打ち上げ前の楽しいひと時 ・・・いよいよ打ち上げ開始です。

しばらく天地人花火をご堪能下さい。

バックミュージックと共に打ち上げられる花火の饗宴!

ナイアガラ瀑布と3尺玉も花火の華!
花火終了後に長岡駅に向かう帰路の人々(大手通りアーケードした)

左近の土手で撮影が始まる: 仕掛けは大掛かりである。
撮影現場を魅入る妹と姪(姪は松雪さんの大ファン)と横切る松雪さん!
本物の運転手さんは炎天下で演技終わるのを待つ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・演技する運転手さんはテントの中
弊社では社内啓蒙活動の一環として、四カ月に一回・年三回の社内勉強会がある。
以前は偶数月の第一土曜日の午後を利用しての会であった(偶月一土会と呼ばれた)が、二カ月に一度となると年六回である。様々な会議・ミーティング・セッションと重なり大変な頻度になってしまったので今では年三回の開催である。
又、土曜日は営業活動と重なり全員集合は難しい環境になった関係もあり中日である水曜日に開催されることになった。年三・一水会である。
更に、四月は新年度の出発でもあり新入社員入社式の季節でもある。新入社員歓迎会と重ねて開催されることになった。今年は四月八日(金)であった。
四月・八月・十二月と順番に回ってくる担当チームが提案する勉強会を実行している。特徴のある啓蒙活動であるが四月は社内コンペティッションである。一年間通してやってきた建築活動を発表するのである。基本的にはチーム単位での発表になる。営業・設計・工務が連名で規定のキャンバスに図面・写真等をコンセプトと一緒に掲載するのである。
勿論、発表用に使うそのパネル自体もプレゼンテーションとしても評価対象になるのであるからそのデザイン性も求められる。
日々やっている建築行為であるが、改めて一年間を振り返ってプレゼしてみると過不足する部分が浮き上がっても来るのであるから自他ともに勉強になり次のステップアップになることは間違いない。
発表部門は二部門になっており、まず一つはコンセプト部門である。一建築・一町づくりを通して考え方をしっかりとまとめて形化したことを発表する:物語部門である。もう一つはセクション部門で居間・キッチン・ダイニング・畳の間・書斎・子供室・水回り・玄関などなどの部位に外観部門を付け加えての発表会である。
審査委員は基本的には高田グループ全社員である。勿論、選ばれた審査委員としては役員評価点は高くなるが。単なる人気投票にならないように、しっかりと話し合い評価がされる必要がある。
私も日本建築学会の建築活動審査部会委員(北陸支部会)として参加して今年で通算三期六年目である。
主な審査の一つは:作品選集:その年の日本全国から応募された作品の中から百作品を選んで表彰するものである。私が所属する北陸支部会は北陸五県内(福井・石川・富山・長野・新潟)で建築された作品応募の中から数点を挙げて全国の選集に推薦するのである。そしてその頂点がその年の日本建築学会賞として表彰されるのである。建築における日本版アカデミー賞であり大変名誉ある賞である。だから審査員の審査にも必然的に熱が加わるのである。
選考基準は
① 計画・構造・環境・設備及び材料・工法技術に関する設計の論理性
② 社会性・歴史性・文化性から見た地域環境への適合性
③ 外部空間・内部空間の両面における造形
④ 設計全般にわたってのオリジナリティー
⑤ 地球環境保全に対する配慮及び建築物のライフサイクルに対する取り組み・・・・である。
また、二つ目は北陸建築文化賞と言われる賞である。こちらの選考基準は「北陸・信越地方の建築文化の発展に対して、特に顕著な貢献が認められる業績または建築作品を称えることにより、地域の建築文化の振興に寄与しようとするものである。業績と作品を部門に分けて公募するものである」弊社も2004年にメディカルパーク”ミトロの森“で受賞させていたことがある。文化賞と言われるだけにこちらも嬉しい賞である。
そして、三つ目の審査は純粋な設計競技である。与えられたテーマに対して実在する場所を設定して図面化していくのである。(2011年度課題は“時を編む建築”であり審査委員長は建築家:槇文彦先生である。)
前二つのコンペは実際に建築された物件の審査であるから、書類上の審査と現地審査が要求されている。所謂、一次審査と二次審査である。
第一次審査:書類上の審査ではプレゼンテーション能力が大きなアッピール力になる。
第二次審査では現地現物現実が評価される。天候にも左右されるかもしれない。自然の中での創造行為だから審査日の天候を特殊環境と考えない。稀なる天候でもそれが現地環境であることからは免れないからである。まさに建築された土地の空気を確認するのである。ロケーションは現地でないと正確な評価ができない。目的作品に到達するまでのアプローチも重大なファクターとなることを免れない。
そしていつも思うことは、評価しようとする自分が作品から評価されているということである。評価する能力があるのか?と脅迫概念にも似た心境を覆すためにも必死になって何度も見直している自分を発見する。審査委員長1名と北陸5県から選出された5名の合計6名による審査委員で構成されている。ある年には審査委員がほぼ同じ作品を選んでいることがあり、不思議なくらいばらけていないときの審査時間は短いが、反対に審査委員の評価がばらけて点数が入ると議論を終息させるのにも時間がかかる。勿論このときのほうが私にとっては様々な意見が聞けて大変勉強になるのであるが。
話を戻して社内コンペの話であるが。
会場は新潟県建築士事務所協会の2004年作品コンペで優秀賞をいただいた橋設計事務所である。ストラクチュラルデザインされた建築だけにコンペ会場としては不足しない。
今回で一水会も第91回を迎える。社内コンペは1か月前から社員スタッフに周知されそれぞれの分野の準備に入る。
コンペは前述のように二部門からなっている。
① コンセプト部門が15作品(住宅11作品・一般4作品)
② セクション部門が5部門28作品
(玄関5件・くつろぎ空間5件・水まわり7件・アイデア7件・外観4件)
賞金も些少であるが用意されている。大いにアッピールプレゼしている顔は輝いて見える。
発表は新入社員共同作業作品の発表と会社全体としての企画部門の発表が付け加えられる。
新入社員の共同作業はその年に入った新卒者(今年は2名)と中途採用者(今年は3名)でテーマに挑戦する。今年のテーマは高田建築事務所重点課題である育夢創造から「育夢居場所」であった。この内容は実務をしているスタッフにとってはとても刺激的なものでもあったようである。
発表提案は宮内駅前から摂田屋醸造業の町までつながる県道沿いの「空地・空家・空部屋」を雁木空間を通していかに協奏させていくか?であった。一つに○坪畑や雁木二階を解放させた空間等のコミュニティー装置を作ることで地域力を再生していこうというものであった。
課題は継続して行くこと。町の住民と連携を取り町の活性化・再生化させていくこと。市民力として提案していこうとするものである。長丁場テーマとして予想されるが育むということ自体が時間との醸造でもあるから町の空気ともぴったりである。(継続こそ力なり)
企画課題は育夢創造+家具を推進しているものである。家具と言っても建築家具であり某地方テレビ局のホールに設置されるもので結構大型化しているプロジェクトの報告であった。コンセプトは長岡野菜である!形と色彩が長岡野菜!これも完成が楽しみである。
再度戻って、本体社内コンペは残りの4時間近くを使っての会になった。発表者側にも審査評価側にも心中はかなりの白熱戦であったと推察した。
今年からは評価者の名前を記入することにした。ここで選ばれた作品が各種一般コンペに推薦されていくからである。責任重大である。昨年の一位が新潟県建築士事務所協会の建築作品コンペの最優秀賞に選ばれている。「バナキュラーな家」は全国大会に推薦されているからである。
結果はコンセプト部門住宅部門では1位・2位・3位・社長賞・専務賞・常務賞が贈られた。
一般建築(住宅部門以外)からは一点が選ばれた。
そして、さらに部門賞は各部門から一点が選ばれた。
後日内容を紹介したいと思っているので乞うご期待である!
*社内建築設計コンペティッションを通して!切磋琢磨!啓蒙・啓発
- Competition(競技・競争)=Compare(比較する)
- Com=共に!・Pare=(ナイフで果物・野菜などの)皮をむく(=peel), むく, (不ぞろいな部分などを)切り(削り)取る, (つめを)切る・(予算などを)削る, 切り詰める, 削減
- 私達の職分!建築を通して喜び創造・感動創造・育夢創造を追及する事
- 喜!祈!感謝!

会場はキールを持つ登梁構造空間 壁面には参加作品が並べられている 新入社員の共同制作の発表である

各自担当が発表するT君は雁木上の空間を開放するスペースに!Hさんは空地に畑を!K君は空き家の活用を!

発表時間は4分質問時間は3分! 確りと発表したのちに厳しい質問も?

担当課長から表彰式の発表 今年一位のグループの賞金は? 白熱コンペの後の一杯は美味しい!
20110301(火):町の工務店ネットに加入の工務店・設計事務所の皆様30名くらいが、リプチの森の視察においでになられた。翌日0302(水)には研究発表会であった。
スモール・イズ・ビューティフル
ホームページで町の工務店ネットの紹介がなされている。
町の工務店ネットは、スモール・イズ・ビューティフルをモットーとしています。この言葉を最初に言い出したのは、エルンスト・シューマッハーという人でした。彼がこの言葉をタイトルにした本を発行したのは1973年でした。そのとき人々は、何を悪い冗談を言いだしたのだと思いました。ビッグであることや、直線の広い道路を通すこと、高層ビルを建設したりすることが幸せだと感じていた時代に、それに逆行することを言い出したのですから。
しかし、物質文明と巨大技術は、今、明らかに限界に来ています。そして、それを解決する手掛かりとして、この本が見直されるようになりました。
わたしたちは、スモールであることをつよさとし、誇りにしたいと思います。町の一員だからやれることを、建築の専門家の立場から大切にします。・・・・・・・・・・・・・・
と言ったご案内で会への参加募集が行われている。私も会を主宰する小池一三さんとは30数年来の付き合いを頂いており、今もエネルギッシュなご指導を頂いている一人である。
そしてやってきたのが「リプチの森の間知づくり」である。研修ご案内は以下の様であった。
新潟発!建物見学・勉強会
越後 現代町家&長岡・Reプチの森
(清新ハウス/現代町家モデルハウス他) (高田建築事務所/街づくり~48区画分譲宅地)
特別報告 〈木の家リノベーション〉の具体展開
報告者/半田雅俊・小池一三
犬山は「尾張町家」からスタートした『現代町家塾』。昨年12月の甲府「昭和町家」からのバトンを受けるのは、新潟・清新ハウスの「越後 現代町家」です。
町家見学後は、一路長岡は高田建築事務所の「Reプチの森」へ。「街づくりは“間知”づくり」を掲げる高田建築事務所による48区画建築条件付分譲宅地をご覧いただきます。
また、神戸の第1回総会で発表された〈木の家リノベーション〉プロジェクトが、動き出しました。基本となるコンセプト、政府の助成金を得て進めようと計画されている具体案件の「募集要項」、全体のロードマップ、6月7~9日に予定されている集中合宿の内容と事前学習のテキスト等を報告します。
【開催概要】
■開催日/2011年3月1日(火)13:15~2日(水)12:00
■開催場所/新潟・長岡
■宿泊・勉強会会場/蓬平温泉「和泉屋」
*蓬平(よもぎひら)温泉
越後長岡を南東に抜け、豊かな自然と渓流に抱かれた山あいに湧く静かな温泉地です。
「長岡の奥座敷」の呼称で親しまれ、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色とその趣深い風
情を漂わせています。
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* 町の工務店ネット様 3月1日工程
15:50:高田建築事務所にバス到着
:モクード見学(弊社設計室等)
16:00:エコホールにて当社ご紹介
16:20:歩いてリプチの森に移動(移動中にリプチの月を見学)
16:30:リプチの森のたまご見学
16:45:サポートセンター摂田屋様見学
17:00:タカモク工場見学(弊社プレカット工場)
17:20:APM(秋山孝ポスター美術館長岡)見学:(リノベーション作品)
18:10:和泉屋さま着
リプチの森の話しは、元々長岡自動車学校が移転して三条市にある三条自動車学校と統合することから始まった。道交法改正に伴い大型免許試験の条件が変ったことから生まれた話でもあった。総面積1.6haの売買先の決定は5社コンペで始まった。
・ 2006年春にこの売買話が出て、取得会社決定が4月にはなされて2006年末から造成に入る計画であった。2007年4月分譲開始:銀行とは5年計画で販売するプレゼを準備!2011年4月は5年目突入:48区画中40区画(予約二区画)は確定!残り8画区であるが、販売も急ぎたいものである。
・ 2007年6月リプチの森の第一棟目が建築でき、アーク・ド・リプチ(リプチの凱旋門)と命名された。
・ 2009年9月20日展示場オープン!超長期優良住宅展示場!6年間の展示場である。
・ 2010年7月1日サポートセンター摂田屋様がオープン(NHK教育:福祉ネットワークでとリあげられている!2011年3月16日(水)20:00~20:30と3月23日(水)12:00~12:30で再放送がされる予定である)リンクつける
・ 2011年4月1日にグループホームこぶし摂田屋さん(9人の1ユニット)と在宅支援住宅のユニバーサルハイツ摂田屋(10室)がオープン予定。現場のスタンバイ!
・・・そして何よりも来会された方への間知づくりの種まきプレゼンテーションが重大!間知づくりに取り組むことになった私の二つの原風景は現在も現役である。
① 大学生の時にピアノ殺人事件が起こった。ピアノの練習している女のお子さんが隣の人により野球バットで殺された事件である。ミニ開発と防音機能不全から。区画の面積自体からの見直しがなされるきっかけとなった事件である。
② 今から30年ほど前に小池さんとご一緒した宮脇檀先生とヨーロッパ7カ国15日の旅で、スイスのアトリエ5の作品に出会う。ハーレンジードルンクのアパートメント72の計画の影響:設計事務所がデベロッパーとして開発をしたということである。
このような次第で、何時に無く気になっている間知づくりのチャンスがやってきた。
チャンス虫の話がある。直前では判断対応できないが、最初はおぼろげながらでも良いが大きな方向だけは先見しておく必要がある。直前に来た時にキャッチできることがある。勿論、キャッチできない時のほうが多いことも事実であるが。
造成後5ヵ年で販売完了計画であった。今年がその5年目である。
48区画分譲土地の40は予約者を入れて予定が立っている。残り8区画をどのようにプロモートしていくかが、当社のパワーの真髄を問われているところである。
建築は住宅だけでなく店舗も福祉施設もある。何よりも既存の町の中につくられた造成地である。
摂田屋5丁目町内会長はじめ役員さんから、今までの町とかけ離れた作りはしないでくれと言う申し出依頼があった。
班構成も48区画が単独につくられるのではなく、両面に面する土地はそちらのほうに組み込まれると言うのである。
これはかなり運営上厳しいものになってしまった。でも考え方によれば一人の人の指揮下で統一されるのでは無く、むしろ自然的な融合性を受け容れることになるから、良いと言えば良い環境形成にもなる。
間知づくりは、個性ある巣舞い作りの延長で考えられなければならない。
個性ある巣舞づくりは、建築主様の個性!様々な思いと条件を基に隣家同士で構成する町になっていくのである。そして統一感よりも各個性が表面にでてくる様々表情を醸し出しながら佇まうのである。町づくりは間知づくり、そして時に「まちまちな町」になりながらバラエティーな顔作りになっている。
翌日の研修会で趙海光先生からは、全国各地でつくっている町屋のご紹介があった。考え方はベースとゲヤの組合せによるプラン作りの仕組みづくりである。
又、半田雅俊先生からは「木の家のリノベーション」の展開報告があった。
2日間お疲れ様でした。
高田建築事務所長岡築縁会は今年で13年目:12回の開催である!(中越地震の年には中止)
築縁会とは弊社で建築してくださったOB様の会である。
2010年7月27日のブログで新潟築縁会イベントを報告させて頂いたように建築の築と地縁・知縁・血縁の縁を組み立てて、縁を築く会=築縁会である。
新潟築縁会は7月に開催され地引網を楽しむ会として定着して来ている。子供・孫と海を楽しむ会である。
長岡築縁会の特徴は築縁様のおすまいを訪問する会である。2月の第一土・日曜日にお引渡しから5年以内の築縁様を中心に参加を募る。建築主さまは人生の一大事業をするのであるから建築をする時にとても大きなエネルギー(知恵・知識・資財なども含めて)を使うものである。そしてお引渡しと同時に生活がスタートするのである。弊社ではアフターサービスとは言わないでスタートサービスと言う事にしている。と言うのは建築業者側から見れば確かに仕事が終わったからアフターである。しかし、巣舞づくりをする側からすれば生活のスタートである。であるから実際に住まわれてからはどのように生活されているか?スタートサービスをさせてもらうのである。
設計時では思いもよらなかったすま居方をされていることを発見した時は大変な感動ものであり勉強になるのである。
今年は13年目であるが開催回数は12回目になる。中越地震と水害のあった2004年の翌年の2月は中止させていただいたが、それ以外は継続させていただいている。
10年は一昔とも言うから築縁会も歴史の1ページを飾っている事は間違いないと確信している。
10年以上にもなれば、一般的には良く取ればベテラン・悪く取るとマンネリ化も指摘されかねない状況であるが、築縁会はますます新鮮さを増しているから不思議である。
築縁会のコンセプトは「謝・安・学・紹」:
築縁会の歴史を一言で表すとこの様に言えるのでは!?シャアンガクショウと読む。 交響曲は四楽章からなるが、シューベルトの未完成交響曲は三楽章で終わっているから未完成!三楽章+一楽章(築縁会)=4楽章で交響曲は完成をする。
① 謝:第一回目開催当時は、すまい方を学ぶ会と言うよりもアフターメンテナンスにお伺いする会と言ったほうが適切な表現であった。どちらかと言うと受身的な会であった。はらはらどきどきしてお伺いしていたに違いないが、数多くある建築業者の中で弊社を選んでいただいたわけであるから、まず弊社スタッフと木族の会(協力職人さんの会)の皆で感謝をお伝えしよう。「謝=言+射」である。感謝は的をえた適切な言葉でお伝えしようという物であった。
② 安:アフターが悪いと築縁様からは安心してもらえない。一生懸命に作らせていただいた建築はそれなりに評価されるのであるが、お引渡しの次からの対応〔アフターと呼ぶのは建築屋サイドの見方。築縁様からはスタートサービス〕に不安があっては折角のエネルギーももったいないことになる。継続は力なり!アフターの良い会社:タカダで行くことが目標の一つでもある。
③ 学:アンケートが私のところに届きます。巣舞づくりが思った通りになった。思った以上になった。それはお客様からのお喜び表現である。そして今度は生活している築縁様から住まい方の新しい発見をすることである。私達の思いを超えた巣舞方を教えていただきます。その現場をじかに見聞きさせていただく事で正に「論より証拠・現場学」である。学は文字が語るように子供が謙虚に学ぶ姿勢で参加したいものである。
④ 紹:以上で終わると3楽章である。築縁会の4楽章は「シャ・アン・ガク・ショウ」です。実はこの最後の章が無いと築縁様の心の中は不発である。人が最も嬉しいのは人が喜んでいる姿を見ることだと言われている。そしてその喜びに自分が立ち会っていたり関係していたらそれこそ嬉しい限りである。(決して隣の火事を喜ぶ心理が人間の本来性ではない。)ご紹介したい人がおいでです。実際に弊社に届くアンケートの多くは我が家を誇りにおもう。そして知人・友人・親戚に見ていただいてご紹介したい。と言ってくださる方が多いのである。或いは直接的で無くても間接的に個性ある巣舞づくり・我が家だけの巣舞づくりをしたいなら、高田建築事務所だよね!と応援歌が上る事がとても重要!何故か?繰り返すが返って来たアンケートには圧倒的に友人・知人・親戚にご紹介したいと思うと書かれているからである。
以上を持って築縁会という交響曲は完成するのである。
今年の長岡築縁会は2月5日・6日の両日に開催された。例年に較べると雪が多く降った年になった。しかし、築縁会の開催された両日はとても天候に恵まれた。
参加者の感想を以下に載せてみることにする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
スタッフ氏名 S・N(インターンシップ)
素敵な可愛らしい笑顔で「私の自慢なの」と御家のことを語ってくださったお客様。築5年という歳月が経っているにもかかわらず、新築のような綺麗さを保っていらっしゃいました。未だに釘1本、壁に打つことができないそうです。画鋲1本すら家にはなく「額を飾りたいなと思っても飾れない。」と不満のような言葉もとても誇らしげに仰っていらっしゃいました。その事がとても印象に残っています。この御家族にとって高田建築で建てた御家は、単なる住む為の建物ではなく家族の象徴のような大切な空間であるというという想いがひしひしと伝わってきました。御家への愛情を感じられ、「この御家はお客様に大切にされて幸せですね。建物を愛してくださり、ありがとうございます。」と、私は社員ではないので言えませんでしたが、なんだか感謝の言葉を伝えたくなりました。とても笑顔の素敵な御夫婦で、そんな御夫婦に出会えたことを幸せに思います。なんだか毎年あの笑顔にお会いしたくなりますね。
どの御家へお邪魔させていただいても、御夫婦の、御家族の笑顔は明るい素敵なものばかりでした。この笑顔を守る御家を造る高田建築はすごい・いい会社だなと思いました。いつか自分もこの素敵な笑顔の築縁様の仲間入りをしたいですね。
築縁会の日は、素敵なお客様の笑顔に出会える日でした。同行させていただいた業者のトステムさんは終わりに「築縁会の日は、この仕事をやっていて良かったと思う。」とお話してくださいました。建築にまったく携わっていない私でさえも、とても暖かな気持ちになった1日です。携わった社員の方、業者さんは思いも一入だったのではないでしょうか?築縁会はこのスタイルを変えずに、お客様の素敵な笑顔に会うために出かける日として続けていってほしいです。
素敵な会に参加させていただいてありがとうございました。長々とした感想で申し訳ありません。失礼いたしました。
スタッフ氏名 T・S
☆Ki様邸訪問
薪ストーブ・家庭菜園・自家製味噌作りなど素敵なスローライフをご夫婦お二人で楽しんでいられました。私たちがお邪魔したときも薪ストーブだけで吹き抜けの部屋全体があたたかく、暖房費もほぼ薪(無料)だけなので、手間はかかるがお金はかからないと笑っておっしゃっていられました。6月にはお子様が生まれるご予定で、2階のロフトからの転落や薪ストーブの火傷対策など、また相談させてほしいとおっしゃっていられました。
不満なところがないと大満足なご様子だったのでこちらも本当に嬉しく、笑いの絶えない楽しい時間を過ごさせていただきました。
☆Kb様邸
6ヶ月の定期点検をかねてお邪魔しました。床暖房のリビングではお子様が気持ちよさそうにお昼寝されていてかわいかったです。お客様が一番に口にされたのは雪のことでした。雪の後始末の事や雪の重みによる建具への影響など心配されていました。しかし、気になる点を挙げていくうちにご主人が「気に入っているところならたくさんあるのになぁ」と嬉しいお言葉をくださいました。
初めて築縁会に参加させていただいて、お客様の大満足の笑顔を見ることができました。普段の業務で直接お客様とお話しする機会がないので、なかなかお客様の顔を想像することができないのですが、今回お邪魔した2件のご家族の笑顔を忘れずに、今後も業務に取り組みたいと思いました。
*12月25日はメリークリスマス!弊社今年最後の上棟式!
リプチの森では12月の下旬に二つの上棟が行われた。
一軒は12月21日で住宅:T様邸であった。当日は12月下旬にもかかわらず、とても温かく天候に恵まれた。仕事のはかも上がり、16:00には確りと上棟式が開催された。
屋根の上に建築主様ご家族が上られる。棟梁に続いて本人・親族からお祈りをして頂く
車社会なので形だけのお神酒を頂き、いよいよ餅まきである。予告された時間が来ると近所の方々が集まってきてくださる。小学校の児童達が学校から下校するには16:00は微妙な時間でもある。もしも、間に合わない時は元子供であった優愛会(老人会)の人々が大勢お祝いにおいでくださるからありがたい。
上棟式(建舞儀式)は建築行為の中でも最も晴れ舞台の一つである。
新しい土地に新築する時は、近所の人にこれから私達家族は皆様の町内で生活することになりますのでどうぞ宜しく!と言った意味合いもある。お披露目会でもある。
昔からの習慣でこの地域では餅まきが行われる。餅は隅餅と紅白の切り餅である。御菓子や5円玉も集まる人々に行き渡るくらい用意されてまかれるのである。まく時に雨であったりするとまかれた祝い物が土等で汚くなることもあるので、そんな時はビニール袋に入れてまかれることもある。
T様邸の上棟式は天候に恵まれた。上棟おめでとうございました。

そしてリプチの森でのもう一軒の上棟が12月25日のグループホームと在宅支援型住宅であった。12月20日から土台敷が始まった。様々な準備が終了して本格的な建て方が始まったのは22日からである。
今冬は暖冬だろうと思っていたので天候を甘く見ていた傾向もあった。週間天気予報が建て方3日目の24日と上棟の日25日は本格的雪マークになっていたので棟梁初め大工さん達はそれなりの覚悟はしていたのであるが、実際に寒波で暴風雪になってくると仕事は進まない。足元に雪が積もれば滑りやすくもなる。仕事の進みよりも、まず安全第一である。
規模は200坪弱の木造二階建てではある。普段なら3日あれば充分な上棟である。しかし、リプチの森は豊かな住宅地。大型な施設らしさを回避するデザインが求められていたのは間知づくり当初からの暗黙のルール!
屋根が浮いた様なデザインにする事で軽快感を出す工夫をしたり、二階の住居部分にはロフトつくって広がり感を出したりするためにかなり凸凹面が出来ている。

雪天候の中とそんなつくり方から棟まで上げる事で精一杯であった。上棟式の意味が棟上げだから文字通りの上棟式になったのであるが。
ホワイトクリスマスも情緒があって良いと思うが仕事師にはかなりのきつさであった。


大寒波!職人の身体を芯から温める必要があった。25日クリスマスの昼食に“かも汁”をつくることにした。
ここで自慢話なのであるが、実は私の“かも汁”は他者と比較しても決して引けを取らないとても美味(上手い)のである。
私は自慢話がそれ程好きではない。しかし、こと“かも汁”となると我慢が自慢になってしまう。一度食べたことがある人は誰もがうなずいているはずである。(一体この自信はどこからくるのかは自分でも分からないのであるが:お許しいただいて!)
その時の“かも汁”は力仕事をしなければならない職人さんたち、大工さん達であるから、少々かも肉も多く塩味もワンランク加えて味を濃くして作らせてもらった。
職人とスタッフで総勢20名:夫々が2~3杯づつ食べた。大なべがぺろり、一瞬のうちに完食であった。そのかいもあって、大雪のなかで棟上げは無事に終了したのである。
お疲れ様でした。是非とも“かも汁”の食感が残っている年内で屋根下地・屋根工事を終了して年越しをしたいものである。
勿論、安全第一である。


上棟に先立って1週間前のミーティングでスタッフ(中西君)から当日の餅まきは雪路面になっているので拾いにくいから、配ることにしたいという申し出があった。
しかも、私にサンタクロースの姿をして配って欲しいとのことであった。一瞬、エッと恥ずかし感を拭い去ることができなかった。同時に、私に合う3Lの縫いぐるみはないのではとかすかに期待したのであるが、確りとフリーサイズを用意してくれた、はにかみながらも、トナカイ役一人(小出君)と3人(中西君・大平監督と私)のサンタクロースで配ることにした。
着てみると不思議である。意外にもサンタクロースになりきっている自分を見ることが出来たからである。皆から似合うと言う言葉に乗せられて年甲斐もなく得意顔のサンタであった。
荒れた雪天候にもかかわらず、多くの人々が餅拾いにおいでくださった。
本当ホワイト・メリー・クリスマスであった!サンキュー・メルツィー・ダンケ・シェイシェイ・カムサハムニダ・有難うございました。

*サンタクロースがサポートセンター摂田屋やって来た。お住まいの方や介護スタッフの皆様にプレゼントを届けに来たのである。
今年6月にリプチの森に福祉施設が誕生した。サポートセンター摂田屋は7月1日から供用開始されたである。
施設のコンテンツは以前のブログでも記述済であるがサテライト型特養施設(20床)と小規模多機能(25人登録)そして地域交流スペースである。
前述の上棟した建物はサポートセンターに隣接して計画されているグループホーム摂田屋5丁目+ユニバーサルハイツ摂田屋(仮称)である。完成後はこの二つの施設が有機的に機能して行くことが期待されている。
幼き日の温かい思い出の一つにクリスマスのプレゼントがあった。目を覚ますと祈っていたオモチャが枕もとの靴下の中や横に置かれているのを見つけた時の感動は今でも忘れる事はない。
人は子供から大人に、そして老人に!そしてまた子供に戻るとも聞いている。特養にお住まいの皆様も子供にもどられたのであればクリスマスプレゼントは大層嬉しいことであろうと勝手にプレゼントを配らせていただいた。
プレゼントは上棟用に用意されたお菓子。そして、ここでも“かも汁”である。勿論食べることが出来る環境の人だけになるが、25日の15:00には大・中鍋をつくってお届けした。味はお年寄り用に少々薄味にしてのお届けである。
寒い季節!寒ければ寒いだけに膨らんでいって欲しい温かい想いで!
メリークリスマス!


*12月24日は燭光礼拝!雪の降ったホワイトクリスマス礼拝はとても心が平安である。
長岡ルーテルキリスト教会(17年前に弊社で設計・建築させて頂いた)では例年24日の19:00からイブ礼拝が行われている。
メシヤ(救い主)イエスキリストのご降誕を喜び祝うのである。
消灯されたうす暗がりに手渡されていく蝋燭の光!暗く不安定な世界に光りは希望と救いの象徴でもある。
毎年繰り返されるルカによる福音書の「マリアの賛歌」はいつも感動である。
一年を締める季節である。賛歌は希望の年になるべく期待でもある。


お関わり頂いた皆様には衷心より感謝申し上げます。私達の仕事は「巣舞づくりを通して夢づくりの実現をお手伝いさせて頂いている職分」であることを確りと確認して進みたいと思います。来る年も変らぬご支援をお願い申し上げます。
今年も一年間有難うございました。稚拙で殴り書きで跳んでいるブログを我慢してお読み頂いた皆様にも感謝である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
来る年が皆様に取りましても良き年であることをご祈念申し上げます。それでは良き年をお迎え下さい。

*恩師:斉藤公男先生のご講演に大感謝!(2010年12月8日:水)
日本大学名誉教授であり日本建築学会前会長であられる斉藤公男先生は普段はご自分を“構造デザイナー”と名乗られている。
もっとも私が大学三年の時に斉藤公男先生のゼミを専攻したのは意匠と構造を兼ね備えられた当時としては特殊な分野:スペースストラクチャー(大空間構造デザイン)への挑戦に輝いておられたからである。
しかし、先生は肩肘を張ることなく学生達には様々に指導してくださったことを昨日のように思い出す。公男先生だからニックネームは「公=ハム先生」と呼ばれており親しまれていた。
卒業してからも、事あるごとに研究室に顔を出させていただき、新しいプロジェクトの模型を通して教えていただいた事は大変刺激であった。
毎年続く年末の斉藤先生を囲む会は全国から年齢・性別・出身大学問わず多くの方々が集まる。斉藤先生ならではの研究と人柄によるものである。
10年ほど前、私に日本大学理工学部建築学科の大学院生達に90分ほど話す様に依頼されたことがある。
息子の清之介(当時、早稲田大学理工学部建築学科に在籍中)に講演の助手としてプロジェクター操作してもらうために同行してからは斉藤先生には、今日に至るまで親子共々ご交誼頂き大変感謝である。意匠専攻の息子にとっても先生との出会いは大刺激であったこと大確信をしている次第である。
日本建築学会主催による親子建築講座(新潟県立科学博物館にて開催)に出席させていただいたのは息子が小学校4年生の時であったから息子にとっても20年のお付き合いである。
斉藤先生からは弊社の巣舞いのメッセージ500回記念20101010ではシンポジウムパネラーとしても参加いただいたり、長岡商業高校の100周年記念モニュメントでは秋山孝先生(多摩美術大学教授)とのコラボレーションで「百年の風」を製作していただいた。
そしてこの度はリプチの森に「リプチの月」を建立していただいた。「百年の風」と兄弟モニュメントである。モチーフは秋山先生による商業らしいソロバン玉と豊かな自然のリプチのお月さんの違いである。
建立が終わってからは弊社の啓蒙活動である第90回一水会(4・8・12月の第一水曜日に開催されるため一水会と呼んでいる)とAPM大学とのコラボレーション講演会を秋山孝ポスター美術館長岡にて開催させていただいた。斉藤先生からはたっぷり100分の授業であった。
この日のテーマは「私にとっての構造デザインとは!テンスグリックシステムへの道」であった。先生の学生時代から今日までの半世紀のダイジェスト版であり、出席した社員スタッフには息もつかせない大変貴重なご講演であった。衷心より感謝申し上げます。有難うございました。
*サポートセンター摂田屋に細川律夫厚生労働大臣が視察に!(2010年12月8日:水)
7月に供用開始されたサポートセンター摂田屋はサテライト型特養施設(20床)と小規模多機能(登録人数25名)そして、地域交流スペースを持った合築施設である。
現在は隣接してグループホーム(9室)と在宅支援型住宅(10室)の建築中である。
細川大臣は当日子育て支援問題で全国市長会長の森市長を訪問された中でサポートセンター摂田屋を訪問してくださった。
どんどん変化・進化していく介護施設・仕組みの現場を見る事は百聞は一見に如かず!でもあるからである。
田宮理事長の取りはからいで、施設の概要・デザインの説明をさせて頂くことが出来た。こぶし園小山園長さんの介護に対する想いを形化した事を説明させていただいた。
特に新しい町づくりの中に建築された住宅と違和感がないようなデザインであるから、施設だと気がつかないと言うほどである。特養の各室は各戸であるから各室にはポーチがあり出入り口がある。などなどである。

青空に立ち上がるリプチの月 斉藤先生の自信作である。 リプチにはピッタリのサイズ

イルミネーションで着飾ったリプチの月は冬にはリプチの貴婦人と命名?

APMにてコラボレーション大学 斉藤先生の感動ある名講義が始まる 芸術・学術・技術・工学・・・・・・

B・フラーとlテンスグリティ

熱心に聴講する弊社スタッフ
*20101208:細川律夫厚生労働大臣がサポートセンター摂田屋を視察!

田宮理事長から施設紹介依頼 地域交流スペースにて キッズコーナーは子供の遊び場

バーカウンターは施設の花 療養室を見て周られる大臣 ゆとりある一室を再確認

特養老のリビングにて入所者にお話 今後の介護・介護施設のあり方について大臣と意見交換がなされる!

会見では子育て支援について質問! 特養各室に玄関の機能を持たせる! 住宅街に溶け込んだサポートセンター
日本から四季が無くなるのだろうか?という話題がここかしこで聞こえてきた。
そんなわけあるわけ無いでしょう?地軸が太陽に向って23.6度傾いているのに変わりは無いのだから。だからこの流言飛語していること自体が由々しきことなのである。確かに今年の夏は猛暑つづきで観測史上という記録を塗り替えたとも聞いた。単なる噂ではないデーターがあるからである。
再び、確かに:夏の直ぐそこに冬が控えていた。楽屋から出演者は自分の出番を確り守り待っている。
自然の季節にメリハリがないのとは違って、人為的な季節は丁度この時期に文化祭を迎える。そんな中で10月30日・31日の土日に摂田屋5丁目の文化祭が開催された。今年で3回目だと思うが、町内文化祭ではそれ程作品が集まらないのではないかと思いきや、どうしてどうして絵画・写真・工芸・書道と沢山の作品が集まってきた。しかも、かなり程度の高い作品が目に付く。摂田屋5丁目はアーティストの町だったのか?と再認識するほどであった。
会場は例年のように公民館で行われたが、今年の春に開所したサポートセンター摂田屋様の地域交流ホール・廊下等も利用しての作品展示であった。地域の幼稚園児の作品・小学生や中学生の作品が、所狭しと展示されていた。特に、上組小学校は昔から美術に特化した時間を授業にも取り入れているから、その素地はできているのである。
しかもどれも名作ぞろいで、素晴らしいの一言である。
サポートセンター摂田屋ではボランティアの皆様から民謡や踊りの披露が行われていた。
園内のそこかしこに集まった入所者達の顔から、笑みがこぼれているのを見て感慨深いものを覚えると同時に、本当に摂田屋5丁目にもこのようなケア施設ができたことを嬉しく思った。
恒例の餅つきは公民館の隣にできたばかりの駐車場で行われた。30台近く駐車できる広々広場として活用された。小豆餅・黄粉餅に芋煮汁が振舞われた。
又、公民館入口前ではこちらも恒例の芋焼きが、老人会の人たちの手によって行われていた。昨年までは1本100円であったが、今年から5割り増しの150円になった。ここでも円高還元はなされなかった。といっても,サツマイモは日本製であるから当たり前といえば当たり前の話しであるが。
11月7日は町内のクリーン作戦:こちらも春夏の恒例行事である。その後はリプチの森の消雪組合員により消雪パイプの水穴のチェックが行われた。今年は大雪だと聞くので参加者の顔は一層真剣そうであった。
その後、リプチ通りの水門柱の塗装が剥がれてきたので、皆で自力塗装をしようと言うことでコモン広場に集まった。
指導員は当社の建築工事で協力業者の小山塗装さんの社長さんである。小山社長さんご自身も商業高校では商業美術部に、そして多摩美術大学時代は絵画科に席を置いたとも聞いた。自宅にはアトリエがあり、毎年大作に挑戦されている。新築現場では子供さんの依頼があれば壁面にドラえもんであろうがアンパンマンであろうが何でも描いてしまう。とてもサービス精神も旺盛な頼りがいのある職人さんでもある。
そんな小山さんのご指導で、リプチの森人達は大人も子供も俄か塗装職人になったのである。
塗装は塗れば良いのだろうと思っておったら、刷毛の使い方、塗料の付け方まで聞かなければ分からない注意点が、沢山あったのを知ることができたのは収穫であった。
20分ほどの講義の後、早速、実施作業である。中々最初は戸惑っているみたいであったが回数を重ねる毎に誰もが上手くなっていた。
小山社長さんからは、余り上手くなると私の仕事が無くなりそうで心配だと言って皆を笑わせていた。
小山社長さま、貴重な時間と技術講習を頂き感謝します。
リプチの森の風物詩のもう一つはイルミネーションの点火である。
今年の予定は12月8日とか。決定?何れにせよ、もう直ぐであることには間違いない。
雪が多く、寒さが厳しくなる季節に温かい食べ物とイルミネーションは必要不可決な存在でもある。早く来い来い点火式!
当日にモニュメント:リプチの月が建立される。マタマタ見所が一つ増える。そして・・・・・
リプチの森が冬化粧をする。ファッションショーは水門柱のヘアーデザインである。こちらも楽しみである。

摂田屋5丁目公民館内部の作品陳列 子供たちの作品がテントの中にも! 落書きコーナーに集まる子供たち!
優愛会の皆様による餅つき 恒例となった焼き芋の価格が50%UP?

サポートセンター摂田屋会場とも連携 廊下に展示された子供たちの作品 ドリンクコーナーもありお祭り気分!
ボランティアによる民謡も声高らかに! 藤間流の踊りも披露された。

小山社長による塗装講習会 必要な塗料を5皿に分けて準備OK それでは先生の私から(小山社長)

いよいよ講習会の通りに実践である。中々最初はむづかしいかも?!

リプチ通りは皆の財産!来春も宜しく!