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社長ブログ

年初に想う:一年があっと言う間に過ぎる:そして正月には例年と違わず恒例行事が続く。毎年、同じようであるが毎年変化している。例えば外貌は同じでも昨年一年の新しい味が加わって心中に変化があるように!
正に「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず!(方丈記)」である。
1月15日の小正月が終わると流石に正月気分も無くなる。
以前は1月15日が成人式であったが、現在は第二月曜日となった。しかし、豪雪地長岡は成人式を5月の連休に移動して久しい。かつて15日に青年の主張を聞いてお餅を食べて・・・・
嫁に行った娘達が夫婦で泊りがけに帰ってくるのである。薮入りである。幼き日にお袋の実家にバスに揺られて行った日を懐かしく想い出す季節でもある。
建築業を生業とする私共の仕事場ステージは冬になると雪との闘いでもあった。尤も冬仕事も極端に少なかった時代は、小正月まで休暇をとるのは当たり前であったように記憶している。
かつては雪の多少の差はあっても外仕事は雪と闘いながらであるから容易ではなかった。大雪にもなれば職人も雪降ろしに労働力を取られて本業は遅れてくるのも避ける事は出来ないが。
それでも春夏秋に較べれば冬になると仕事も少なくなっていたから丁度良いバランスでもあった。
冬工事の建築は良くないのではないかと言われてきたが、近年ではそのジンクスも無くなってきた。技術革新・資材品質アップのお陰でもある。
現在では構造も造作もプレカット工法になって工場で全部刻んでくるのであるから現場では組み立てるだけである。上棟して屋根さえ掛けてしまえば心配する事はない。
上棟式は高温多湿地帯の建築工法の真骨頂である。まず屋根をかける。そして水気・雨水を払って造作に取り掛かるのである。
構造材もかつてのような製材されたばかりの生木(グリーン材)ではなく、KD材料(乾燥材)を使用しているから建ててから乾燥期間を取る必要がなくなったのである。
一年中どの期間でも建築が出来るようになったわけである。反対に仕事さえあれば小正月まで休むこと自体が勿体無い風潮である。実際にリプチの森(弊社造成の48区画分譲土地:摂田屋5丁目地内)の上棟現場では正月休みは3日まで、4日から仕事をしている若き棟梁が二組居られた。
正月だから休もうよ!と言う期待にはちょっと不具合な環境が出来てしまったかも知れない。
今年の大正月の三が日は雪も降らず落ち着いた雪国の風景で始まった。反対に小正月を目掛けてここ数日は雪模様である。しかも大雪警報?
予報を見た築縁様(弊社で建築をされた皆様)もその予報に敏感である。
今朝は会社のほうに屋根の雪降ろし依頼電話が徐々にではあるが、鳴り始めてきた。スタッフが電話で手配する賑わい、これも雪国で巣舞づくりをしている会社の見慣れた風物詩である。
元旦から振り返ってみると
薮入りを待たずに1月1日には二組の娘夫婦やってくる。長岡市内に住んでいるので泊まりこみでない元旦女正月である。
まだ独身の長男を含めて大いに今年を語り合う。私の膝元には孫の特別席が早くも出来上がっていた。特に大正月の3日は雪が降らなく、穏やかだったのでとてもゆっくりであった。
1月2日は年初礼拝である。今年初めての礼拝には新しき希望が語られた。今年も一年が始まったなと実感する日曜礼拝である。午後からは女房の実家に新年のご挨拶。
そして毎年1月の2日から4日にかけては会社の年頭会の準備に入る。素材は前年に用意しておくのであるがまとめるのは、どうしても新年になってからである。正月番組を年前に撮影している技が出来ないのである。年頭の言葉は年頭の空気で考えまとめたいと思う長年の習慣でもあるからである。
1月5日が高田建築事務所グループの年頭会である。グループ会社全員で62名:次第は私の話を1時間弱・それから幹部・全社員の昨年の反省と今年の抱負を語ってもらう。
会社には毎年、重点課題と称してテーマをつくって出発である。昨年は「笑顧(エコ)創造」であった。建築主様に感動引渡しをさせていただく。そして顧客になってくださった巣舞人様から笑顔・お喜びいただく・心から感動していただく。(感動涙あり・感動笑顔あり)
そして今年は「育夢(はぐくむ)創造」である。建築主様の夢を育てて満足のいく巣舞づくりを提案させていただこうと言うものである。
年頭会は朝9:00から始まって休憩を挟むが13:00まで4時間かけての年頭決意発表会である。
その後、昼食を共にする。社内新年会が開催される。皆元気な顔を見せてくれているから社長の私にとってもとても嬉しいひと時である。翌日から仕事と言う事でアルコールを控えるスタッフは多いが、美味しいお料理で元気百倍になってもらう。
                                    
社内年頭会                                  懇親会:新年会

1月9日(日)は町内の塞の神祭りであった。
今年は鏡開き・蔵開きである11日前であるから少々感覚がずれてしまった。かつては飾り物を燃やすのは11日以降と思っていたが?休暇も多くなった合理的な現代では日曜日にあわせさえすれば前後にはお構い無しの日程組?
弊社のお手伝いは例年のように塞の神の芯木とアンコ木材の供給であった。
9日の午前中は雨模様だったので準備にはてこずったようである。かつては夕方からの着火であったが現在では14:00からの着火である。昔のように火の灯りを楽しむと言うよりもお餅やお汁やおでん等を楽しむようになってきた。秋の文化祭に引き続き町内上げてのお店開きである。
我が町内の塞の神が終焉する夕方に隣町内の塞の神が着火される。同時に花火打ち上げを楽しむのである。雪上花火も又楽しからずや!である。
私の方は生憎(あいにく)9日午後からは、初釜に御呼ばれしていたので塞の神に参加し楽しむ事は出来なかった。
 
塞の神

1月9日(日)は初釜
20110109(日):茶道部の滝沢社中の初釜会である。午前中は炭手前から始まって4.5畳の小間で濃茶点前を楽しむ。そして午後からは八畳の広間で薄茶点前を参加者全員で点てる。
私は午後の薄茶点前からの参加であった。順番に点前をしていくのである。忙しいと定例練習に中々出席できない。そんなときには昨年NHKTVでやっていた趣味の時間のビディオを観て集中練習に入る。
要するにイメージトレーニングを怠らないことである。
そしていよいよ、私の番である。午後の席について直ぐの作法であったので多少気が浮ついていての点前であったようにも思えた。
そして、私の点前茶は正客様から飲んでいただくことになった。正客様からは「タマの出来たお茶を頂くことになるかと思っていたら、点てる手の揺れがよかった。そして飲んでみると、とても美味しかったです。結構なお点前でした。」のご挨拶に「豚も木に登る」様な心境であった。
全員が点て上げる頃には新年の宴席が用意されている。料亭バスが迎に来てくれていた。
       

   
   

   
   

 

1月14日は長岡木族の会(職人さん・高田建築事務所の協力業社会)の新年会である。
こちらも年頭会と同じく建築の協力業者さんたちとの初顔合わせである。
15:00から18:00の3時間を使っての第一部である。
恒例によって代表者としての私からの今年に望んでの話を丁度1時間の時間を頂いて話させていただいている。
その後、木族の会の長岡会長・新潟会長からのご挨拶を頂く
そして引き続き各部門長・工務監督からの今年の抱負報告をしてもらう。
その後表彰式である。営業協力表彰・現場ショールーム化表彰と続く。
3時間があっと言う間に終了である。(と思うのはこちらだけかもしれないが?)
昨年先導された国の景気刺激策であるが。①住宅版エコポイントは呼び水になってくれている気がする。②生前贈与1500万円も功を奏しているように思えた。③フラット35による金利1%ダウンもプラス要因になっている。
サブプライム問題に端を発したリーマンショック以降に大打撃を受けた住宅着工数が100万戸割れを一気に加速させて77万戸という数字がでてしまっていた。その上での前年結果だけに国の景気刺激策には一息つけるような様相であった。現況報告も委細に行われる。
第二部の宴席は18:00からである。前年対比がアップしていると皆の顔が明るい様な気がする。勿論、前々年比と較べればまだまだ二桁のダウンである現実を忘れているわけではないが!
例年の恒例行事が今年も顔をのぞかせる。何時もの様に年初めは大忙しである。
・・・・・今年も良き年を祈念するのみ!

   
長岡木族の会新年会

   
新潟木族の会新年会

 

投稿者:高田 |

R―128   Sobek  Residence

             

1:イントロダクション
 幹線道路から一本入ったところで私たちを運んだバスは停車した。
Dr.Sobekの自邸はそこから歩くのだと言う。交差点から小路に入り込むと両側はうっそうとした木々でうまっている。夏には涼をとりながら散歩するには格好の場所でもある。冬のことを考えるとちょっと心細い。100メートルほど歩くとかなりの急傾斜路面が始まる。200mほど下った頃、小路の左側の木々に切れ間が出来てきた。グーンと視界が開けたところが目的地のご自邸である。6~7mあるであろうか高さ1.5m位の門扉が遠隔操作で開けられる。ゲート脇には128と銘記されたステンレス製の郵便受けが設置されている。その上には門灯に並んで監視カメラがしっかりと付いている。開けられたゲートをくぐると、最初にお出迎えしてくれたのはSobek氏の愛犬2匹である。愛嬌はいいのであるが、一人一人のズボン裾野の匂いを嗅ぎ分けている。しっかりとボディーチェックである。テロ時代彼らの役割もしっかりと意識しているようであった。ゲートを入ると左側に置き式のコンテナ級のストレージ2台が置かれている。この段階では目的の建築R-128はまだ見えない。我々は右側の方に誘導されるように敷き詰められたグレーチングの上を歩く事になる。10数歩歩くと左折するのであるが、そのポイントからシュトッツガルトの街並が遠望できるのである。まさに絶景かな!である。グレーチングアプローチが更に左折する。すると左手下方方面に目的のR-128が目に飛び込んできた。更にグレーチング階段を何段も下がっていくと漸く4階レベルに到達する。そのまま直進すれば一階のゲストハウス(息子さんが使用中)に通じるが私たちが案内されたのは当然右折して本宅玄関に導かれる。傾斜地の地盤は元地のままである。その上に鉄骨の支保工でグレーチングを支えているだけである。ある意味でとてもシンプルであり、雨水排水も自然のままである。ここでも自然との共生の精神が生かされていた。やがて住宅のエントランスへとつなぐブリッジはそのまま建物の端部から跳ねだしており空中を舞うような感覚になる。しかも、キャンチが長いのと部材が細いのでシーソーみたいに微妙な揺れを感じるのである。揺れながら街並みと空を一望した。全てはこのロケーションと連動していることをあらためて記憶した。R-128はこの敷地で無いと成り立たないものでもある。と強く想った。
それでは準備オーケー。空を飛ぶ鳥になってR-128についていくつかのコメントをさせていただくこととする。
ロケーションはシュツゥットガルト市内の緑多い急斜面の敷地。この土地は自然保護地域であり勝手な開発は制限されている。前所有者から譲り受けるまでに3年を待つ必要があったと言う。(3年以上でも待ちがいのある敷地)
アプローチは全てグレーチングであり、ブリッジも含めてスケスケである。結構な急階段坂道。いつの間にか雨の日や雪の日は?風が吹いたら?勝手な心配をしてしまっていた。4ヶ所に屈折するアプローチは夫々の景色を変えて見せてくれた。まるで日本庭園の手法のようにも感じる。

  

 

2:建築概要
・ ほぼ正方形平面の4層で、4F:キッチン・ダイニング 3F:リビングスペース 2F:ベッドルーム 1F:ワークショップとマシンルーム
・ スパンは8.5m X 9.5m
・ 建築面積は約80㎡・延べ面積は250㎡(吹き抜け含めて約300㎡)
・ デザインはとても洗練されており、不要なものは全て削ぎ落として行く手法は全面ガラス張りの為に正面のP.Sは表しであり、各階のエネルギー供給スペースは全て天井と床に埋められている。シンプルに作る。そのことがとても豊かな建築作品になって完成されていた。(私たちは日中の訪問であったが夜ならR-128そのコンセプトを一瞬にしてキャッチ出来たであろう。そして、もっと感動したに違いない。
・ 住人は親子3人暮らしである。現在では息子の部屋は1F(グランド)レベルにある離れのゲストハウス:丁度よい親子の距離でもある。近すぎず、遠すぎずである。どんなに素晴らしい自然環境があっても快適な居場所はこの距離感が重大である事は奥様の口からも確認できた。
建物4階玄関階から直ぐにキッチンがはじまる。日本の一般住宅ではKDは入り口からは離されていることが多い。しかし、R-128はエントランスドアを開けるといきなりキッチンである。日本人の空間には“はれの舞台とけの舞台”があった。日本のキッチン・台所の歴史は紛れもなく“けの空間”であった。長い間隠されようとした位置にあった。その分反対に近年ではオープンキッチンは若者の人気であるが。R-128は元々ガラス張りである。隠れ位置は基本的に作らないがコンセプトでもある。
ここで、視点を少々変えて見よう。当ロケーションは元々特殊敷地に成り立っていた。そこで、敷地全体が建築であると考えるととても分かり易い。外壁は周りを囲む鬱蒼とした樹木たち。ゲートがすでに玄関なのである。長いアプローチは廊下にも匹敵する。だから4階の景色の良いところはKD(L)なのである。食事に対する価値基準・考え方が海外に行くと全然違う事に今更ながらに確認する。食事は人生におけるとても大切は行為なのである。よく西洋人は食事をするために働く。反対に日本人は働くために食事をする。食事は日本人的にクローズドですることではない。オープンに楽しむ場所である。だから一番いい場所が用意される。(現代日本人の生活スタイルにも馴染んではきているが)

            

3:プライバシーの問題
・ 全面ガラス張りのとてもシンプルな住居が生まれた。プライバシー問題は?
全面ガラス張り住まい。カーテン・ブラインド一切無し。全面ガラスなので周囲の景観は全て一望できる。急傾斜をはるか遠くに街の中心部を望む事が出来る。周囲は自然林に恵まれまるで一杯の緑・大きな空・自然と一体になった感覚には絶句である。外の風景を取り込むことは同時に内部の風景をオープンする事と同義語である。オフィス建築や公共建築物においては全面ガラス張りはむしろ定石。目新しいものは何も無いものであるが、住宅であるから気になるところである。(一度東京駅八重洲口にあるホテル:フォーシーズンに宿泊される事で確かめるのも良い。勿論ロケーションは全然違うが。カーテン・ブラインド無しで少々過ごす事をお勧めしたい。或いは、分厚いコンクリート壁やレンガでしっかりと管理される銀行建築を見慣れた人に金庫内部までガラス張りだとしたら・・???果たしてそんな銀行に預貯金するだろうか?に似ているかもしれない。反対に借りる側からすれば歓迎かもしれないが?)
・ 外に対して開く事と閉じる事の必然性はこのプライバシーの問題にかかわっているからでもある。住む側の意識改革と価値観の共有がことさら強く求められる事になるのではないか?私にとっては日常の生活スタイルから掛け離れた発想と同時に魅力的な形だけに多くの疑問も避けられない。可能な事なら四季を通じて一週間単位でも生活して実体験してみたいものである。
・ 丘陵地である。周りは草木で取り囲まれている。眼下に広がるシュトゥットガルトの街の家並は確かに遠い。それでも夜になれば中はスケスケ。程よい緊張感を持ちながらの生活である。一度かなり離れたレストランから双眼鏡で覗いた話が出てきたが、見えなかったらしい。必要なところしか電気はつけない。消灯しても周りの光で内部は明るいという。夜間電気を消灯したら余計にロマンチックである。周りが透明と化し夜空が一面に広がり星や月が瞬く時こそ、全ての想いから開放されてオープンマインドに飛翔する一時でもあるのだろう。映画の中のワンシーンを連想してしまう。その時には外と内の境界がなくなる。アーティストの奥様は“まるで鳥になったようである。”“何物にも変えがたい空間である”とお話されていた。

  

4:完全ゼロエネルギー住宅を目指す。
・ 全面ガラス張りはプライバシー問題だけでなく、熱環境の問題を解決されなければならない。R-128の必要電気エネルギーは太陽電池によって作り出されると言う。また、窓から侵入する太陽エネルギーは天井パネルに吸収され導水管を通って1Fの蓄熱槽に運ばれて必要に応じて利用される。暖かい空気をダイレクトゲインする方式でもある。

・ 全面ガラス張り住宅は一般的にはエネルギー負荷が大変大きい事になる。しかし、R-128のガラスの熱貫流率(U値)は0.45W/㎡・Kと極めて高い断熱性能を実現している。日本では考えられないガラス構造でもある。その形状は両面に透明強化ガラス10ミリ(外部側・Low-Eコートを溶着)と8ミリ(内部側)の中心に遮熱Low-Eコート付きフィルムを挿入する。その両側にはクリプトンガス層13ミリを2層設ける。熱伝導率は空気1に対してアルゴンガスは0.6クリプトンガスは0.3である。空気に対して3倍も熱抵抗が強い事になる。日本で使われている複層ガラスのU値が3.0位であり、トリプルガラスでも1.9である。Low-Eガラスを使用しても1.6であるから熱貫流率(U値)は0.45W/㎡・Kは、いかにランクの高いものであるか分かる。

5:セキュリティーはコンピューター制御住宅
前述のようにセキュリティーゲートは遠隔操作で対応。スイッチ無く、ドアノブもない。近接センサーや音声コントロールの下で制御される。
ゼロエネルギーの家に住むということは常にエネルギーチェックが出来る事が必要である。この住まいづくりをするに当たっては外部から電話・コンピューターを使用してチェックできるコンピューター制御パネルが開発されたという。なんとも未来住宅の生活スタイルはこのコンピューター制御に見ることが出来る。
それにしても、全透過構造こそプライバシー問題を除けばスケスケで外部からも内部からも一望できる最も原始的なセキュリティーといってよいかもしれない。

6:再生可能な建築=エコ建築:コンセプトは環境にインパクトを与えない。
スケルトンの鉄骨は溶接に頼らず全て差し込みネジ止め(ボルト接合)による固定方法を採用しているから解体・移動も自由である。細い鉄骨スケルトンは分解移動を容易にさせることが出来る。決してスクラップが最終姿ではないことになる。
基礎もノンアンカー方式の置き型である。地震が無い国だといえばそれまでであるが、建物が基礎にアンカーされていないから必要であればそのまま一瞬に持ち去る事が出来ると言う。なぜなら、R-128の建築に使われている使用材料は総トン数40トンと言う。スチール12t+ガラス20t+木5t+α=40トン。一般的にはこの規模では400tであるからその重量は1/10であり、そのままヘリコプターで運べるそうである。(フランク氏説明) 

     
    

7:収納の少なさは?どのようにカバーしているか?
一般には壁面に収納面を多くとるのであるが、全面ガラスではこれは出来ない。付け加えて飾り場所もないのでは無いか?の質問にSobek婦人から日本空間と同じです。との返答。何故なら日本の障子文化住宅では本式に飾る事が出来るのは床の間だけではないのか?と切り返えされてしまった。
収納は必要なものだけを用意する。実はSobekさんはR-128の他にもう一ヶ所住まいをお持ちである。計二ヶ所のすまいは一方を如何にピュアーに使えるかの保証でもあるような気がする。いずれにせよ、今まで持っていた75%の布団はじめ物はボスニア人庭師さんにくれたと歯切れは良い。布団は二枚で十分。身軽になる事。キッチンにはワインクーラーがセット・ローボードには食器類が入る。夫々の必要最小限の収納は確保されていた。リビングの開架式書庫はまさにインテリアファーニチャー。それでもガレージとストレージは必要な箇所に必要なだけあった。

  

8:マリオボッタの作品との比較
マリオボッタの作品1971年“リヴァ・サン・ヴィターレ”(スイス・ルガーノ湖畔)に非常に似ている。マリオボッタは学生時代に最も気になる建築家の一人であった。特にこのリヴァ・サン・ビィターレを避けてはボッタを語れないほどの代表作である。平面をトレースしたことを記憶している。今あらためて比較する事をしておきたいので後記参照としたい。……………眼下に広がるロケーションからアプローチの仕方・正方形のプラン・最上階にエントランスを設け、下階に4層になるつくり。更に夫々の階が吹き抜けにてつながる。その差異をリストアップことにする。

9:Dr.Sobek氏はマルチ人間。ご自分をどの様に位置づけているか?
意匠と構造を両方手がけられるご自分をどのように位置づけているか?事前情報ではArchitecture+Engineering=ARCHINEERINGと呼んでおられますが?
本人はご自身を「デザイナー」と呼んでいる。家具デザイナーもするからだという。ましては最近はR-128の様に住宅もデザインしている。加えて仕事の内容では3つのE(Exhibition・Entertainment・Engineering)+1E(自邸における住宅の様に建築をスクラップにしないで良いようにする為にElement化作業も含める)だそうである。

10:得るものが強ければそれだけ捨てるものも多くなければならない。
そんな風に事前資料を眺める時にぼんやりと一人納得していたのだが見事にその考えを裏切られた。質問形式で進めた当リポートコメントから汲み取っていただけたらありがたい。
ネーミングのRはRoman通りのRで128番地らしい。(あんまり関係ないが前夜に宿泊したホリディーインの部屋番号が128号室であった。それにしてもこれは奇遇である。コメント担当は間違いなく私であったのである??)しかし、私は敢えてRに意味を持たせたい。
・ Residence-128:まさに宝(知恵)の箱・豊かな生活を醸すR
・ Remember-128:帰国後も強烈な印象・記憶のR
・ Report-128:Re+Port=もう一度港に入って見直す。まさにリポートの重大性のR
・ Research-128:今後研究リサーチ対象―128のR

以上
   
 
House at Riva San Vitale:Mario BottaとR-128:Werner Sobekの比較                

比較項目     Riva San Vitale           R—128
・ ロケーション  ・ルガーノ湖畔の傾斜地    ・シュツットガルト市街地を
              サン・ジョルジュ山麓      一望できる傾斜地 
              ブリッジ対角線にメライド教会  眼下に広がる街並み
               
・構造      ・RC造4F          ・鉄骨造4F
・外観・ファサード・RC+ブロックの立方体    ・鉄骨+全面ガラス張り透過形
                        を内外吹き抜けで切込み形
・敷地面積    ・850㎡           ・?㎡
・建築面積    ・100㎡           ・80㎡
・延べ面積    ・220㎡           ・250㎡
・スパン     ・8,5m X 9,5m    ・10m X 10m   
・階数      ・4階建て+地下室       ・4階建て
           ・4F:EH・書斎・アトリエ  ・4F:EH・DK
           ・3F:寝室・バス       ・3F:L・書斎・サニタリー
           ・2F:子供室・ギャラリー   ・2F:寝室・バス・ストック
           ・1F:LDK・暖炉S     ・1F:機械室・ストック・
           ・地階:機械室・ストック    ・地階:ナシ
・吹き抜け    ・室内・室外共多くある。    ・室内吹き抜けのみ
・階段      ・中心部コアー形式廻り階段   ・中心部一本階段
・アクセス     ・4階最上階ブリッジにて    ・4階最上階ブリッジにて
・ブリッジ    ・L=18m          ・L=21m(エントランス迄13m)
          フレームボックスタイプ     手摺りタイプ
・その他
* 建物スケールから・ロケーション・最上階からのブリッジアプローチの仕方・などなどとても共通点はある。両者とも魅力ある建築作品である。しかし徹底的に違うのはファサード質感そのものである。片や外部からは視覚的に遮断形式を取り内外吹き抜けとテラス空間で内部空間と外部空間を相互貫入させている。そしてもう一方のR-128は全面ガラス張りで内外部空間を一体化させている。
* その両者にはこれからの住宅建築の流れの方向を示唆してくれるもの大である。

                  
ブリッジが貫通する外観    アクセスブリッジが4Fに横付けされる 

            
 4Fにアクセスするセクション      4Fにアクセスするセクション 

        
 4層+地下室プラン         4層プラン

投稿者:高田 |

*「よげん」“予言”と“預言”。
予言は「未来の物事を予測して言うこと。また、その言葉。」
預言は「キリスト教で、神託を聴いたと自覚する者が語る神の意志の解釈と予告。また、それを語ること。代表的な人としてモーゼが上げられる。モーゼの十戒は正に神から預かった戒めである。」
先に起こることが予見できたらどんなにか良いことだろう。事故を未然に防げたり、発病前の病にも確りと養生することが出来るではないか?・・・と!
特に自然災害に対する投資は年毎に多くなっている。それは何時?どこに?やってくるか分からないからである。全方位対応をしなければ成らないから、対応資源も莫大のものになってしまう。もし、やってくる大地震の時と場所を特定することが出来れば対処投資を激減させることが出来ることになる。特定できないだけに台風・大雪・竜巻・雪崩に対する準備もハードだけでなく心配事として精神的な面でも多大な荷重となっている。「アルマゲドン」や「ディープインパクト」なる映画のように何ヶ月後に隕石が地球に衝突してくるという予見が出来れば、なすすべがなければ単に恐怖時間を待つことになるが、SF娯楽映画となれば全地球規模で連携して対応、対処するべく全力発進である。
人為的災害も何時どこでが特定できれば被害を最小限にとどめることが出来るのである。何時に延坪島に砲撃が行われると予見できれば島民は避難したことだろう。墜落する飛行機が分かればきっと乗らないだろう。豪華客船タイタニックが座礁するということが予見できていたならば、たとえ豪華な旅であったとしても誰もが遠慮したであろう。
全世界で、まだ見ぬ敵のためにどれほど多くの資金を投入していることだろう。国と国のバランスある軍事力のお陰で戦争回避が行われているとは何とも皮肉である。バランスラインを下げて別の分野に投資を回せたら豊かな世界がやってくることだろうに!
一方、予見・予言は良い事ばかりでない様な気がする。その一つに人間の寿命がある。生まれるなり、あなたの命は何歳です。と言われたら、たとえ長命日数を知らされてもきっと嬉しくないのではないだろうか?分からないから生きていけるエネルギーとなっているのではないだろうか?
“人生とは!”などと言う程ヘビー級の話ではなくてもスポーツや競技の結果が最初から分かっていれば誰も楽しまなくなってしまうだろう。VTRを見る時も結果を聞いたのと聞かなかったのでは楽しみは半減することを誰もが経験している。
人は夢を食べて生きている動物だと言われている。見えない夢に大きな希望を抱くのである。明日のものがみな見えたならば、夢は夢でなくなってしまう。
見えないことがイマジネーションの豊かさへと誘ってくれることも忘れてはならないからである。

*「明日と明白」
疑心暗鬼という言葉がある。意味は「うたがう心が強くなると、なんでもないことが恐ろしく感じられたり、うたがわしく思えたりすること」とある。
確かに不安定の世の中であれば明日に対して期待も希望もそう寄せることも出来ない。
昼間には視覚で確認できるので対象物を正確に把握できるが、漆黒の暗闇の中では触れたものを様々に想像してしまう。どちらかというとその時の触覚は良きイメージよりも不気味なものに妄想されがちである。だから疑う心の暗闇の中は鬼(各自がイメージする鬼)が存在することになる?
私が中学生の頃はやった歌謡曲に坂本九チャンの“明日があるさ!”がある。そこには若者が恋心寄せた少女に中々近づくことが出来ない仕草が描かれている。
しかし、今日出来なかったことが明日にはきっと出来るだろうと言う期待を込めた歌詞である。“明日”そこには希望がある。新しく想像するエネルギーがある。
明日があるさ!の作詞は青島幸男氏、作曲は中村八大氏であった。
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「いつもの駅でいつも逢う セーラー服のお下げ髪 もうくる頃もうくる頃 今日も待ちぼうけ
明日がある 明日がある 明日があるさ」
「ぬれてるあの娘コウモリへ さそってあげよと待っている 声かけよう声かけよう だまって見てる僕
明日がある 明日がある 明日があるさ」
「今日こそはと待ちうけて うしろ姿をつけて行く あの角まであの角まで 今日はもうヤメタ
明日がある 明日がある 明日があるさ」
「思いきってダイヤルを ふるえる指で回したよ ベルがなるよベルがなるよ 出るまで待てぬ僕
明日がある 明日がある 明日があるさ」
「はじめて行った喫茶店 たった一言好きですと ここまで出てここまで出て とうとう言えぬ僕
明日がある 明日がある 明日があるさ」
「明日があるさ明日がある 若い僕には夢がある いつかきっといつかきっと わかってくれるだろ
明日がある 明日がある 明日があるさ」
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中学生の頃に全曲を歌ったこと等なかったのにこの年で楽しんでいる自分の明日があるさとは一体何なのだろうか?
確かに明日は明るい日と書く。きっと今日出来なかったことも明日には出来るという期待を持たせてくれたり、今日のつらさも明日になれば一歩前進して良き方向に向うという意味があるのだろう。
又、一方“明日の意味は現在の段階では明らかではないが、今日の次の日以降には明らかになる。”明らかになる日という意味なのだろう。試験の結果も次の日には明らかになる。それを明日という。
「隠されているものであらわにされないものはない!」と言う言葉もある。
明白(めいはく)という文字が明日(あす)の文字と重なるのは、きっとそんなことからである。真偽は明日に成れば、明白になる・・・と!
以前ブログでも書かせていただいたが、模索する時代はいつの世もそうである。ただ、未来が全然見えない場合の「暗中模索」と漠然とはしているがある方向だけは明らかに見えている「明中模索」がある。
明日は決して暗中模索では無く明中模索としての確信を持つ必要がある。
暗中模索と疑心暗鬼:両方とも共通しているのは見えないということである。現在に確信が無く或いは未来が確認できないという状態である。
デイ単位で近い未来は「明日」である。明日が見えないと不安である。
疑心暗鬼=疑う心の暗闇に鬼が宿っている状態。この疑心暗鬼を解消するには信じる力が重要なファクターとなる。
「明日」と「明白」の違いは日に点がつく白となる。この点が「信じる力」である??と考えている我!

*信じる力!
「信仰とは望んでいる事柄を確信し、まだ見ぬ事実を確認することである」とはヘブル人の人たちに宛てたパウロさんの言葉である。
パウロさんが言いたいのは、見たら信じるよ!と言う人がいる。これは間違った言い方である。見えないから信じるのであって、見たら「信じる」とは言わないで「確認」というからである。
希望も夢も信じる力がもつ豊かさなのである。
明日を信じて向う事で心が明るくなるのである。信じる力の大きなパワーを覚える。
明日を明白にイメージ出来るところにこそ夢と希望が育つ土壌があるのであるから。

*新しい年には新しい歌を歌おう!年末は反省季節!新しい目標を立てる季節!
この時期は一年を振り返る季節でもある。今年立てた目標はどこまで達成出来たか?
「目標は達成するためにある!」という言葉を初めて聞いたのは田邊昇一先生からであった。「目標は決して飾りでは無い。飾りの目標は要らない!」
会社の目標数字は毎年この時期に更新される。「売上高は社会から必要とされ度」だとも先生から聞く。確かに、素晴らしい想いを持って計画を立てても、どんなに素晴らしい能書きを言ったとしても、受注できなかったらきっと社会から必要とされていないことになり犬の遠吠えで終わってしまうからである。
サー、スタッフの皆さん!新しい目標を立てよう。そしてその目標が必ず成った!すでに達成したと過去形にして、強い確信を持って進みたいものである。


今年のタカダPB:お酒トリオ      ロケット・タカダ丸・リプチの森の卵   弊社のエントランスイルミネーション

                                             
すっくと立ち上るリプチの月            リプチの月貴婦人!夜はまばゆく光るイルミネーション


ついに里までやってきた雪

投稿者:高田 |

経営には三つの坂があるといわれている:企業が隆盛している時の「上り坂」と不調期の「下り坂」である。二つの坂に加えて、「まさかの坂」があると言われている。有頂天になって慢心運転したり、横道ばかりを見ているとすぐに躓いてしまいがちである。
大波にもまれる木の葉のようである。小船は一気に転覆か大被害を受けてしまう。
決して小さな企業だけでなく、あの一流企業が!つい先だっては、JALの企業整理・実質的倒産は大変なショッキングニュースであった。大企業だとその影響は一企業としての破綻では無く、日本の国威をさえ貶める出来事になってしまうからである。
実際の経済状態を「風」に喩えると「三坂」と同じように「向かい風」や「追い風」があり、時々「横風」の強風に煽り立てられることもある。突発的な横風で列車脱線事故で多くの犠牲者を出したのは記憶に新しい。
その他にこの度の竜巻のように「きりもみ型の上風」があり、台風時のフェーン現象の様に「高温乾燥した下風」もある。
「乱気流」は飛行機の運行上大変危険極まりない風である。時に墜落となり大きな犠牲者を出すこともある。
中でも「ダウンバースト」と呼ばれる強烈な下降気流で発着陸時に飛行機を叩きつけて墜落させる力を持つからパイロットの技術は命がけでもある。
横風の強風は車のスピードとベクトル合成であるから、横転の危険が一気に高まる。
経営もそうである。向い風はそれなりのエネルギー投資をしても結果は中々出無い。しかし、追い風となるとちょっとした智慧や小さな投資で大きな成果を生むことが出来る。
会社の実力は追い風の時ではなく、向かい風の時にこそ試されるのである。
そして、時に旋風する横風で足をすくわれ倒れてしまいがちである。経営指南に風の向きの喩を多々引き合いに出すことが多々ある。
しかし、竜巻:トルネードとなると話がちょっと遠くなる。突然発生して渦を巻きながら物や動物を空に舞い上がらせるのである。きりきり舞いがトルネードである。時速は?
車が横転したり、牛が遠くまで運ばれたり、建物の屋根が飛ばされたり。多くの犠牲者を出してしまう。
トルネードだけではないが風の瞬発力というか突発力には驚かされる。20数年前になるが、春一番で吹き荒れた年があった。吹き止んだ後に現場では様々な被害が報告されたが、その中の一つに屋根の雪止めアングルが隣家の妻壁に突き刺さっていたのである。しかも妻壁のほうが高い位置にあったから驚愕であり、この光景を見た時は鳥肌が立ったのである。風の持つエネルギーの大きさにはただただ驚愕である。
常在戦場:何も大げさなことではないことに気がつく。

*20101203[金]15:40前後!弊社の新潟営業所上空に竜巻が発生した。
この日は午後から俄かに不安定な気圧配置になり突然強風が全国を吹き荒れたのである。私の部屋からも横殴りの強い雨風がプレカット加工工場屋根を駆け上っていく情景を見ることが出来た。九州から北海道まで日本全体が30m前後の強風に踊らされた。
結果、発達した低気圧による強風と大雨の被害が多出!東京と富山で死者3名!
後に、竜巻発生が新潟市内の二箇所で確認されたと報告があった。そのうちの一つは弊社の新潟営業所(新潟市中央区女池南3-5-15)の上空を通ったらしい。規模はそれ程大きく無くF1だったと聞いた。F1とは被害の大きさから竜巻を強度別に分類する等級で、F0~F6までの7段階につけた藤田スケールの一段階である。最小から二段階目の規模であるというが、それでも風速は秒速で33m~49mである。
被害状況から100mの巾で一キロの移動が確認されている。新潟江南高校からSHS・高田建築事務所新潟営業所・県立図書館ラインを襲う!
高校は100枚の硝子が割れる。SHSは外壁が20m近く吹っ飛び・新潟営業所のスタッフ二台の車のフロント硝子が割れる。屋根が飛んだ被害もでている。
竜巻を他人事に見ていたが、いざ営業所を直撃したとなると心中定かならずであった。
竜巻の本拠地はアメリカ大陸:映画トルネードではその恐ろしさを知らされた。F6は秒速150m[時速に直して540km]であるが実際には確認されていない規模であると聞いた。
映画「ツィスター」は規模はF5に想定されてつくられたという。秒速120m(時速430km)車がミサイルになるというから生地獄である。
F1だったと言っても竜巻である。レベル数字解釈や外側から見ているのと竜巻に襲われた中にいるのでは全然別格!である。
丁度、地震に対する耐震構造は誰でもが頭のなかで納得して構造計算するのであるが、実際に地震におそわれると頭の中は真っ白になったのは二度の地震を受けて経験済みである。
竜巻に限定しなくても強風も30m/秒は時速108kmである。高速道路を走る車の上で立っていることを考えると身震いである。
台風が大型化してきた。地球環境の変化がいたるところにでているのである。60mの台風は時速216kmである。新幹線の上に立っている姿を思い浮かべるとこちらも圧巻である。
私にとって忘れられないのが小学校の時に実際に経験した台風:第二室戸台風である。秒速70m[時速250km]であった。生きた心地がしなかった。風の音に倒れる樹木の音!ぶつかる音:そして台風が去った後の風景は壮絶であった。
常に異常事態に準備することが大切である。何も大げさなことではないことに気づかさせてくれた新潟市営業所の竜巻騒動であった。ここでも常在戦場なり。

*今冬の雪占い:酒井興喜夫工学博士:カマキリの卵の位置を測定して雪予想をする。
カマキリは樹木の中の水揚振動共振を解析して止水弁位置を調査する。確定後その部位から上に卵を産み付けるのである。
カマキリの卵の位置でその年の雪の高さを想定するというものである:今冬:長岡市立劇場近辺は57cm/悠久山は1mとか?


コロボックルの硝子も割れた。


鳥屋野球場近辺では立ち木が引き裂かれた。


幸い、新潟営業所所は大丈夫だった。良かった・良かった。カムサハムニダ!


※新潟日報2010年12月4日(土)掲載記事

投稿者:高田 |

少ないことは豊かでもある!
師走に子走?

インターネット社会:全ての風景が超スピードアップ!である。
年末なので余計に感じることなのかもしれない。12月は“師走”:師が走るとは良くぞ言ったものである。師の弟子である私も走るのであるから“子走”である。
得なければならない情報も沢山あるが、不要な情報も氾濫している。そして、その情報洪水に流されている昨今でもある。
あれも、これも!と、やらなければならないことが沢山ある。本当に必要なのかと聞かれると、どうも「?」である。
「選択と集中」は経営戦略上だけではなく毎日の仕事でも教えてもらっている。雑務になれば余計にその選択は避けて通れない。還暦になって1年を振り返って余計にそう思う。
有史以来、人類の願いは「生命維持と豊かさの追求」であった。難儀した時代から楽ができる時代へ!苦しみの状況から脱却して楽しみの世界へ!生命の危機状況から安全な世界へ!人類は英知を働かせて求めてきた普遍的な祈りでもある。
ものが溢れて、その分、心が置いていかれたのだと嘆く人も少なからずおられる。だからと言って、ものが豊かになり多くなることは決して不幸ではないはず。戦後焼け野原の何も無い時代の先代達は物凄いエネルギーとスピードを持って復興を成し遂げてきた。F=m・Cである。結果、GDPは世界2位を長い間維持してきたのである。今年あたりで2位を走り続けてきたリバウンド現象がでて来た。中国が第二位になったと聞く。日本は第3位!
この順位3位を断末魔がやって来たかのように嘆く方もおいでである。ちょっと?止まれ!
順位を追っかけられている最中は恐怖概念を払拭できなかったが。いざ現実になると、残念というよりも、何故か良いではないか?とむしろ落ち着く感じがするのは私だけではないと思う。恐怖が予知されている時よりも現実になった時のほうが意外に腰が座るものかもしれない。(案ずるよりも産むが易し!)
新潟県中越地方は二度の大震災を受けた。突然の大地震である。未来次元としての不安を持った待ち構え姿勢はなく、むしろ、過去次元としての自分の後姿だけを見ているような錯覚に陥った。
むしろ大地震が来るぞ!来るぞ!と言われている間は恐怖心を煽られ、常に不安定な居心地の悪さを何倍も強いられる事になる。カタストローフ(破局・大破壊)的落差は短時間のほうがいいと確信しているからである。それでも大地震に対する予知(予言)活動は益々求められていることも事実である。
突発的破局から回避を狙っている対策を取れば取るほど(それが完成体で無い限り)不安定から生まれる心労が反比例して大きくなるということにもなる。(という皮肉な境遇に迷い込むことになる)
情報は多いほうがいい!しかし、少ない時のほうが豊かなこともある。「Less is more!レス イズ モア!少ないことは豊かなことである!」

*    建設関係の経済環境!
弊社は建築関係の仕事をしている。建設関係の景気指標の一つに住宅着工数がある。少子高齢化時代の到来は、住宅着工数が100万戸を切る時代が来ると長い間言われてきた。190万戸を突破した時代から見れば半分である。半分の100万戸は危険水域を充分に越す数値である。だからかそうなのかは知らないが、着工数の実数としてはその手前の110万戸の数字が数年続いて来たのも事実であった。
引き続き予言は続く:80万戸時代の到来もそう遠く無い内にやってくると。きっと10年以内にやってくると脅された。
だから、それまでに会社の仕組みを新しい枠組みでリストラクチュアリング(再構築)しなさいと、コンサルタントは声を大にする。
果たして、昨年、それは予言から現実に変わった。10年も待たずにやってきた。
80万戸は大変な数字である。いつか?いつか?と表面的には覚悟はしていたが、昨年突然やってきた。大地震の時と同じである。引き金はリーマンショックであった。住宅産業は景気対策上とても重要な位置にある。国は金利政策にエコポイント政策や各種補助金政策で躍起になって補助してくれている。今年は漸く底止めだろうということであるが80万戸時代であることには間違いない。もしそれらの政策さえやっていなかったら、この業界は確実に失速墜落であった様相を呈していた。
今年の4月から9月の建築着工数の数値が発表された。持ち家は辛うじて上昇したが、それ以外の賃貸物件等は軒並み下がって、今年も80万戸の継続である様相である。
半面、大量生産時代には出来なかったエネルギーをかけることが出来る時代がきっと来るのだろう。
「Less is more!レス イズ モア!少ないことは豊かなことでもある?!?」

*    講演後の反省しきり!
先日、100名ちょっとの参加者の会で話をする機会が与えられた。時間は90分である。準備は万端であった?しかし、当日、前の会が押しており、時間は約半分の50分になった。大丈夫と高をくくっていたが、余りにも多くの話題を挙げたので項目ごとの話しは表面的に成り、参加者には大変申し訳ないことをした。
まるで、レジュメを読んでいるような感じになったり、あちこちと飛んでしまい、プロジェクターの操作スタッフには大変なご迷惑を掛けてしまった。
反省しきり!
ここでも選択と集中が大切であった。絞込みこそ伝わることばなのだから。
講演こそ「Less is more!レス イズ モア!少ないことは豊かなことでもある?!?」

*    「Less is more!」は、かの有名な建築家ミース・ファン・デル・ローエの名言である。
建築のマチエールとしては大変沢山あるのだが、ミースは鉄と硝子という限られた素材で豊かな建築空間をつくったのである。少ない素材で豊かな空間をつくる。勿論、これは現在も通じる言葉である。
「時と事」毎に大切にしなければならない言葉でもある。
我慢する精神こそ涵養すべし!
ブログもLess is more!了解

  

  

                        

                                                  
2004年9月12日に訪れたレーンクリニック(ドイツ・ノイエシュタット)のショット:病棟間を繋ぐケーブルネット構造
のガラス屋根!

投稿者:高田 |

今年、弊社は社員結婚のラッシュである。
結婚は連鎖することを何度も経験してきたところではあるが、従業員スタッフが60人弱の小企業の中での4人の結婚はラッシュといって良いだろう。
縁は異なもの乙なもの!と言うが結婚式に参列して新郎新婦の馴れ初めのご紹介を聞く度に縁結びの神様の存在を無視することができなくなるのは私だけではないと思う。
人の世の中!人文字が表す様に「人が一人でいるのは良くない。良き助け手・伴侶を与えようとして男のあばら骨から女を造られた」と創世記の最初のところで描かれている。
バイブルは続く『神は初めに人を男と女に創られた。やがて父母を離れて二人の者は一体になるのである。二人はもはや一体である。神合わせたもう者,人離すべからず!』と!
二人は出会いによって一体になるのである。そして、ご縁がとりなす宴になるわけである。
出会いの結果で最も大きな縁結びはやはり結婚である。本人同士は言わずもがな。家と家の縁結びになるわけであるから。そこにまつわる人々との繋がりご縁ということなる。
余談であるが、弊社では建築主様を地縁・血縁に準えて、「築縁」様と命名している。
建築主様と建築業者は大変な労力を使ってその家族だけの巣舞づくりを成し遂げてきたのであるから、正に同志と言ってよいであろう。同志であればその縁も尚のこと結束が固くなるのは人情でもある。
夫婦としての関係だけでなく、会社と従業員との関係も不思議なご縁で結ばれている。
さて、新郎H君が私どもの会社:高田建築事務所に入社されたのが平成10年4月(西暦1998年)であるから12年は経った事になる。丁度一回りの節目の年でもある。
10年は一昔!というが10年前の事件やその時代の背景を思い返すと一方ではるか彼方の様な気がし、そしてもう一方ではつい昨日の出来事のように思えることがある。この距離感は何なのだろうと時間距離のマジックにびっくりもし、がっくりもする。
ただ大切なことは着実な一歩を毎日踏みしめての生活をすることである。確りと急がずに、あわてずに着実な仕事をすることこそ肝要である。
新郎H君の職種は初めは営業職であったが、現在は設計職を中心に奮闘して頂いている。中心と言いましたのは、H君はその前後:営業職・工務職も同時にやってしまうことが多々あるからである。
営業からしなければ図面は描けない。現場でチェック確りしなければ設計ではない。そして思いを伝えることができない時には自分でつくり上げていくタイプでもある。
そんなわけでH君は大変個性あるスタイルで仕事に取り組んで、個性ある作品を生んでくれている。弊社の経営理念の一節に「個性ある巣舞づくり!」とあるが正に地でいっている感である。

*同じ響きのバイブレーション:
ここで新郎H君について少々ご披露すれば、新郎の学歴は長岡高専から長岡技術科学大学の機械科に編入している。
が、卒業を機に建築のほうに方針を変えたのである。機械ではなく人間と関わる仕事がしたい。(ネジをじっと見つめて一年?はやり切れない!と喩えで話してくれた。)
そこで新潟にある建築の専門学校に学び、卒業と同時に弊社に入社したのである。
建築の世界は工事途上でも変更は結構生まれてくるものである。
H君の専門は機械系であり、「軸受(ジクウケ)・ベアリング」の研究であったと言う。建築は「時間・空間・建築=略してジクウカン」という。
耳ことばで聞いていると共鳴してきたから不思議である。両方ジクウケとジクウカン:同じ響きであった。・・・・???そういうことでした。機械と建築同じバイブレーション!
そして、建築は一方で雑学だとも言われている。寄り道してくれば来るほど視野が広がり良き建築家の条件の一つだといわれている。勿論反対のケースも沢山ある。建築からメディアの世界や金融界に入るのであるから。

*職人気質の新郎!
どこからどこまでが職人の定義になるかは分からないが、自分で簡単にアイディアを形作ってしまうことを「即職人」というのだと定義すれば、H君は正に職人である。トイレの壁を塗ったりアブストラティック絵を描いたり!
しかも素材は廃品と成ったようなものを再生・リサイクルするケースがとても多い様な気がする。エコ時代である。にどこからとなく廃品を拾って来てはそれに息を吹き込むのである。正にエコマジックである。

*職人の職=耳(聞く)+音(声)+ホコ(道具)・(伐の右辺)
この文字の本来の意味等は無視して、何時もの様に勝手に自分なりに解釈するとを許していただくこととして、人は様々な杖や矛を持ち槍を持つもの。
彫刻家はノミ(ホコ)を持って石を打ち据え音を聞きながらタブローを創っていく。
音楽演奏者は弓(ホコ)を持って弦の声音を聞きながら演奏し、楽器も作っていく。
画家も小説家も筆やペン(ホコ)を持ってキャンバスに描いていく。

結婚・家庭生活も正に職人である必要があると思った。
お互いに相手の声を耳で聞き心で聞きとり、確りと受け止めていく。
そして、その時のホコ・槍は一体何であるのだろうか?槍はやりでも「思いやり」だと!やがて気がつく。
贈ることばは:結婚生活は二人でつくる作品作りであり、そして二人はお互いの職人であるべきなのである。
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職人:職は耳+音+伐の右偏はホコ!ピッタリなことばだ! (重ねます)
職人の職は相手の声を耳で確りと聞いて選別して作りあげていく人の様に漢字が語っている。
新郎自体はとても熱中するととことんのめり込んでいく、自分で演奏をしていくタイプの人だと思う。
そんな新郎と波長の合うお客様とはリズムが会うから何度もリピーターが来る訳である。
実際に建築のほかに特技を持っているのが、カレーシェフを目指しているところである。私も食べさせていただき感想を述べると、何日も煮込んでコクを出すのであるからとても美味しいカレーであった。
当社のイベントや摂田屋町おこしには、Hカレーがとても人気である。
沸々と音を耳にしながら舌の矛を使ってつくり出すカレーを、私は今後「職人カレー」と呼ぶことにしよう。

  
 撮影禁止?のチャペルにて撮影?   カラフルな希望と夢は高く高く!   この日は快晴だった!  

  
披露宴入り口では似顔がお出迎え!  永久の幸せを祈って乾杯!       カレー職人からケーキ職人?

  
草月流の見事な活花!    新郎新婦の席を占拠した男友達!  ランドセル・ビールを背負ってご挨拶!

投稿者:高田 |

久しぶりに建築文化講演会に出席してきた。
長岡市建築設計協同組合設立25周年記念事業の一つとしての講演会であった。
講師が工学院大学教授・東京大学名誉教授の藤森照信氏であったから、ご案内頂いてからも大変、待ち遠しい講演会であった。
3年前になるが先生の作品展が新宿の東京オペラシティアートギャラリーにて第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展帰国展として開催された時には、とても感動したことを覚えている。タイトルは確か「藤森建築と路上観察」であった。実物大の空間再現や数々の模型・そして使用されている建築資材:どれも古来から使われているものであったことを覚えている。
藤森先生はとてもマチエールを大切にされている。多くの作品は焼杉板・泥・藁・銅版の持ち味を確りとデザイン。自然と建築の関係を原点から模索されている姿とそのエネルギーには、ただものなら無い存在感が私の心の中に発光し続けていた。
そんな憧れの建築家の一人である藤森先生の講演である。毎年、地元の長岡造形大学にて、一年に一度ご講演されているとは聞いていたが受講するチャンスはやってこなかった。待ち遠しいのは当たり前である。
先生の講演の要旨はこうだ!
21世紀、日本の建築界には手本が無くなっている。それ以前の20世紀は欧米先進国に学ぶものが沢山あり時代の要求でもあった。ヨーロッパの技術を学ぶことが即近代化建築家の使命でもあったように。
丹下健三先生の時代で20世紀の欧米建築を学ぶ時代は過去のものとなった。ヨーロッパは参考になら無くなった。
もはや日本建築における技術・デザインは世界の最先端であるから。21世紀は学ぶべき手本が外国に無くなってしまった。今、日本の建築界は?と問うと:
どちらに行くのか方向が分からない。正に「暗中模索」の時代である。
しかし、テーマは分かっているから「明中模索」でもある。
しかし、答えが分からないから、やはり「模索」である。
将来に希望や目標を持てない・持たないことが暗中である。反対にどんなに困難な時代でも将来に対して目標と希望を持っている時、将来は明るい!だから明中である!
講演を聴きながら私の頭の中は、モサモサと明暗を混同しながら模索(モサク)していることだけは事実である。
20世紀建築の特徴の一つは、科学技術を抜きにしたものは扱わなかった。歴史的なものとか長い時間軸に耐えたもの等を扱おうとはしなかった。
そして、20世紀建築のもう一つの特徴は自然の問題には触れなかった。自然は建築の外にあるものとして扱われた。
それでも敢えて取り上げるなら、近代建築の巨匠であるコルビュジェが建築五原則を掲げて取り組んでいた。その中の「屋上庭園」は理論倒れで現実のサボア邸(スライドにて映写)を見ると何ともチャチで無いほうが良かったという申訳なさであった。
21世紀建築を語るとき:野や山や川と建築はどのように関わっていくのだろう?正に自然と共生するエコの時代である。にも拘らず、著名建築家達でさえエコロジカルな話をするとそれは設備の問題であるという体たらくである。
45歳まで建築史家であったが、自分のテーマは決まっていた:「自然と建築の取り扱いをどうするのか?」
・・・・・そしてスライドが始まる:タイトルは:
「 What’s  Terunobu  Fujimori  Architect ? 」
一枚目の最初のスライドの強烈さにびっくりした。ポルトガルに造られた某絵描きのアトリエであるという:どこまでが建築でどこからが自然か?その境界線が分からない。
まさに、人の造った建築と神様の作った自然の融和であるという。
そして二枚目のスライドは、アルジェリア・ニジェールにある大きさ50m四方大の泥の建築である。大地と建築の境界線が無くなっている。継ぎ目・目地が無いのである。
何故か?元々生物には目地が無い。それは、ひとつ細胞組織から分裂していったものであるからだという。(男の精子と女の卵子が結合して生命が誕生する。精子はDNAを伝えるだけで細胞分裂するのは卵子である。所詮、男はDNAの運び屋に過ぎない!:ホーキン博士のことば“人間はDNAの運び屋に過ぎない!”と重なってきた)
三枚目のスライドは岩場に建つ山岳宗教の霊場であった。外部から見た建造物と内部から見る風景の対比は大変面白かった。
その後、藤森先生はご自分の建築されたスライドを使って話を進められていかれた。
テーマは建築と自然を上手く調和させて、お互いを引き立たせたい!であった。
手法として植物を如何に建築に取り入れていくか?昔の茅葺屋根には植物が生えていた。当たり前の風景であったという。建築から産毛を生えさせたい欲望はニラハウスとなって世の中に登場したのである。設計も凄いがこのことを許容した建築依頼主である友人の赤瀬川源平氏の凄さも伝わってきた。
立木の上に建てられた高杉庵は6m空中茶室という。人が移動する度に傾くのだそうである。グラッと動いたなと思っても最大で約10cm位だという。10cmであるが、客人はその揺れの衝撃にかなりの不安定感を覚え、冷や汗だけでは済まない様でもある。
藤森氏の作品の話は笑い声と感動のバイブレーションを聞きながら進む。
そして、最近考えていることとしてご紹介があった。ベジタブルシティーであった。人間に一番近い食物は野菜である。建築をつくるなら野菜に学ぼうというその好奇心とテーマの設定に脱帽せざるをえない。
スライドには、にんじん・サツマイモ・バナナ等の形をした町が、コルビジェ・オスカーニーマイヤーのブラジリアシティーをバックに出来上がってくるという気宇壮大でファニーなベジタブル(野菜)シティーである。BGMとして“ひょっこりひょうたん島”“チロリン村”のテーマソングが流れているようであったから不思議である。
90分の講演会があっと言う間に終了してしまった。しまった!
藤森先生の頭の中はどうなっているのか?許されることなら、「路上観察学会」ならぬ「頭上観察学会」に参加してみたいところでもある。

藤森照信先生の作品はともかく無条件に楽しいのである。何故か可笑しいのである。しかし、昔からある懐かしさをもった可笑しさである。オー!ノスタルジア!
藤森照信氏が赤瀬川源平氏と南伸坊氏の仲間達と路上観察研究をしているお話には、とても楽しく読ませていただいた記憶がある。
バーナード・ルドフスキ-著:“建築家のいない建築”は私が学生時代から大切にしている書籍の一冊である。藤森先生作品を見ていると同時に出てくる記憶であり、大変な共通点を見ることが出来る。しかも楽しさは倍化する。プリミティブ(原始的)な生命力を肌に感じることが出来る。
質問出来なかったがいつか聞きたいことは:くだらないことだと一蹴されそうであるが、これらの建築は確認申請をどのように取ったのだろうか?取らないで建築することは出来ないだろうから?(自答:やはり、くだらない質問はするな?)
先生の作品は時代の方向を示してくれている。暗中模索ではなく明中模索の時代が来たのであろう。 

  

  

  

  
                      屋根の上にはにらが確りと植えられていた。

  
高杉庵                   空中に浮かぶ茶室!

                       
                      何とも笑いがこぼれるベジタブルシティー

                       
 100名以上の参加者からも笑みが!                       藤  森  照  信  先  生

                          
                              建築家の居ない建築から伸びる手!明中模索:::
    
 実際に世界には様々な想像を絶する建築が存在する。これからの時代の先取り?自然と共生していたことである。

投稿者:高田 |

職場の教養を使って朝の朝礼を始めて数年が経つ。
基本的な挨拶・プラス志向・謙虚意識について重ねて教えられている。
ことばの持つ力は凄いと思う。我々建築屋にとってはコンセプトを整理し、物語をつくることには慣れているが新しい言葉に出会ったり、何度と無く出会っていた言葉でも初めてそのことばの持つ真骨頂に出会ったときは感動するものである。
言葉には力があり、言葉は全ての創造の始めであるから。
弊社のテーマのひとつとして「初めに言葉ありき」を掲げている。500回記念シンポジウムでもそのことを話させていただいた。
言葉は創造の原点である。言葉で感じ、言葉で考えているからである。たとえ無言でいても思考は言語思考回路を通ることを確信しているからである。歴史上にF皇帝の実験の話がある。
赤ちゃんは何も教えなかったら最初に一体何語を話すだろうか?という実験をしたといわれている。結果として食物だけを与えられても言葉を掛けられなかった赤ちゃんは次ぎから次に死んだと報告されている。言葉は単なる伝達手段ツールではなく、人の命を育むエネルギーを持っているのである。
人間は生まれた瞬間から死への旅が始まる。始まりがあるから終わりがあり、終わりがあるから続きがあるわけでもある。言葉は時を越えて成長し受け継がれて行くからである。
ことばはパワーである。エネルギーである。
日本では言葉を言と書いて”ことば”と読ませ、言霊(ことだま)と読ませた。
人を殺生するのに武器は要らない。言葉で充分だと聞くことが出来る。
職場の教養に、成績の悪い支店長に成績の良い支店長から助言があった話が載っていた。成績の悪い原因の一つは電話の声が沈んでいるからだ。もうちょっと明るい声を出せないか?と助言があった。ことばには張りがあったり萎みがあったりする。
助言を頂いても謙虚な心がないと受け取ることが出来ない。アドバイス・忠告である。
助言に対する苦言がある。クレームである。クレームを頂いた時は良い気分のするものではない。自身をもって作らせていただいた建築であればあるだけ聞く耳に耳糞が溜まってくるのである。
クレームは次の営業である。お客様との出会いであると、松下電工の元スタッフは言っていたことを思い出す。勿論その時は対応のタイミングが重大である。クレームが来たら直ぐに飛んでいく。何も無かった時にはすんなりと進んで存在感が無かったかもしれなかったものがクレームを通して存在感がグーンとクローズアップされることになるからだという。スピーディーであればあるほど好感度で受け止められる。
アドバイス(助言)とクレーム(苦言)は時に同じような意味合いを持つようでもあるが。

言葉にはロゴスとラングエッジがある。
ロゴスは言葉に魂がある。
ラングエッジは伝達手段としての言葉である。
言に様々な葉っぱをつけると言葉になる。ざわざわ音の最たるものが井戸端会議?
助言・苦言・諫言・提言・失言・無言・有言様々である。
助言ということばの助と言の間を同様な副詞・接続詞を使うかによって変わってくる。
言葉を助ける。なら、助言は説明語になったり、ボディーランゲージやジェスチャーやフェースコントロールと助け舟は様々である。
言葉によって助けられる。ならそのもの自体でもある。
諫言が無くなり、言葉が隠れんぼしてしまって、諌める人が居なかったら裸の王様になりがちである。一命を落としかねないことにも発展する。
良薬口に苦し!諌める言葉は一瞬、決して聞き触りのいいものではない。
多元的同時性次元世界の中で進むべき路や方向を判断したり、間髪を入れずに必要とされるジャッジにはとても多くの知識や智慧や時に体力も含めたエネルギーが費やされるものである。
そんな風にことばは様々に変幻していく。ことばがその人・時・場所を育てることが多々である。巣舞るメッセージ500回記念シンポジウムのテーマは「育む」であった。ことばが育てるから「育言」と言い、ことばを育てるから重ねて「育言」ということにしようと思った。
助言する人が自分の回りにどれほどおられるか?楽しい人生を送るのに比例するように思え。
苦言する人が自分の回りにどれほどおられるか?安らか人生を送るのに比例するように思え。
提言する人が自分の回りにどれほどおられるか?新発見人生を送るのに比例するように思え。
諫言する人が自分も回りにどれほどおられるか?長生き人生を送るのに比例するように思え。
育言する人が自分の周りにどれほどおられるか?その人を何倍人も大きく育て上げてくれるに違いない。
失言は 避けなければならない。言葉は命。命の言葉を失してはならないから。
“言”は様々に変幻する!
500回記念シンポジウムの内容が長岡新聞に掲載された。*リンク
育む言葉は「育言」 けだし名言である!と放った矢が帰ってくるように自分自身に言葉が勝手に語りかけてくることは楽しいことなり!

        
合板にムンクの叫びが浮かんできた!  叫びは魂からのことば!?               氷の叫び!

   
氷は語る:クリムトの接吻?     美女と野獣?        「祈り」 時にことばにならず、時には呻きの様に!

       
     アイス シーラカンス?          アイス草に眠る龍のおとしご?
                       
          親のすねかじり?                   かじったら腹いっぱい?   
 
                    
      木々の葉っぱも様々だ!さぞかし賑々しいことであるのだろうざわめきに耳をすますせてみようか?

投稿者:高田 |

娘の結婚式にて!ぎこちない足取り:一歩を踏み出すことのその一歩が何と重いことか?
20101023がやってきた。10月23日は中越地震発生から6年目になる。各地で地震にかかわる行事・儀式が目白押しであった。
6年前の20041023の17:56に中越地震が発生。震度7を記録する大地震であった。死者68名・家屋の全半壊はおよそ1万6000棟に上り、被害は甚大であった。
6年前の地震発生の翌日20041024に予定されていた巣舞るメッセージ300回記念は見事に中止の運びになった。500回記念シンポジウムはつい先日の10月10日に無事に終了した。
あれから6年後の中越地震記念日10月23日に二番目の娘が嫁いで行った。
結婚式は長岡ルーテルキリスト教会にて執り行われた。1992年に建築の設計施工のお手伝いをさせて頂いた物件でもある。ニックネームがある。“ゆきん子ペンギン教会”である。雪国の個性をコンセプトにして雪袈裟をかける女の子とペンギンのコラボデザインである。
とても個性的な木造建築である。当時、新潟県建築士事務所協会のコンペにて優秀賞を頂いた作品でもあり、私にとってはとても印象深い建築である。
教会の日曜礼拝は時間の許す限り参加させてもらっている教会であり、私にとっては最も慣れ親しんだ教会でもある。
前々日に花嫁をエスコートする父親のリハーサルが行われた。ヴァージンロード上を娘と二人でゆっくりと歩くので歩調も上手く合った。人の話では花嫁のお父さんは緊張の余りギクシャクするだろうと聞いていたが、何も難しい事は無かった。リハーサルは一回でも良かったが、牧師さんからは念の為にということで二回ほどさせて頂いた。完璧である。
結婚式当日は準備も順調に運び、両家の親戚紹介の後、来賓・ご友人の皆様が集まったところで結婚式の開始である。
ヴァージンロードセレモニーはウエディングアイルランナー:真新しいヴァージンロードを広げることでセレモニーの開始を告げる。ゆきん子ペンギン教会では、レッドカーペットの上にヴァージンロードの白布が敷かれいよいよ花嫁と一緒に行進である。前日のリハーサルではあれほどリラックスしており完璧だったのに!ん?・ん?いざ本番になると私はかなり、いや必要以上に、馬鹿みたいに、信じられないくらいに緊張していた。
それにしてもリハーサルの時のようなスムーズさは無く、足はリズム感を失していた。
ピアノ音にあわせて足がスムーズに動かないのである。バランスを崩してとてもギクシャクしていた。固まってしまいそうな感覚であった。それでも歩き出せば漸く緊張の中にもリズム感は取り戻せ花嫁を無事に新郎に渡すことが出来た。
このぎこちなさは、きっと自分の心の中だけで起きていることだと言い聞かせ、大したことでは無のではと思っていたら、式後、早速皆に囃された。「社長かなり緊張していましたね!」
参列者の中におられた秋山孝多摩美術大学教授(秋山孝ポスター美術館長岡館長)にもハナちゃんとフミちゃんという二人の娘さんが居られる。私の姿を見て自分は絶対にヴァージンロードを歩く式はしたくないと声高々であった。
式は予定通りに順調に進み記念写真を“ぱちり・ぱちり・・・”であった。
祝宴に向うバスを前にして、教会前の雁木では参列者からの温かい祝福のフラワーシャワータイムである。この日は天候に恵まれ外での記念写真も順調であった。
祝宴はホテル・ニューオータニ長岡で開催された。予定をはるかにオーバーして15:00から始まって18:30までの3時間半であった。参列者の皆様お疲れ様でした。
新郎のご挨拶にあった様に“つながり”が今回のテーマであったことから催し物も新郎新婦側からつながりのグループが続々と交互に盛りだくさんに余興公演がなされた。結果として終宴は予定時間を一時間オーバーしたのである。中でも、新郎がボーカルとギターを演奏するライブバンドグループの生演奏には魅了され、結婚式からライブハウスに変わっていた。
新郎からの挨拶には、「がり」の人生から「がり」の人生へ!普段は「強がり」を言ったり、「独りよがり」だったりすることが多々であるが、結婚式を通しても「つながり」の大切さ・パワーをあらためて知った。・・・・・
私もあらためて考えた。すると、「がり」には様々な”がり”があるが、強がりや一人よがりは自分を正確に認めない虚像を追い求めている後向きの“がり”であることが多い。反対に集まった人たちとの「つながり」は等身大の自分を写す実像であり前向きの“がり”であるように、確りと思えたから不思議である。
様々な「がり」を考えながら会は進行して行った。
そしてクライマックス:新郎・新婦から両親に向っての感謝の言葉である。
新婦から新婦の両親に宛てての感謝のメッセージを読み始めると、不思議なくらいに私をふわっと温かい風がよぎり思い出のミストの中に包み込んでくれた。そんな錯覚に捉えられた。その時に丁度、小さな虫が目に入り始めた。取り除けようとするが中々取り除くことが出来なかった。しかし、その虫も実際にはつかむことができずにミストの中に消えて行った。
・・・・・・
更に遅れてではあるが二次会に参加させていただいた。二次会は新郎の友達を中心にライブハウスで開催されていた。会場は若い人たちの熱気で盛り上がっていた。
新郎を中心にして演奏された。グループ名はP・Dと聞く。自前の作詞作曲の曲が披露されていた。はじめて聞いた新郎のライブ・とてもいいでは無いか!・・・年がいも無く若者とそのリズムに乗ってしまった。・・・しまった!
何れにせよ、天候にも恵まれ、遠くからも沢山の皆様から駆けつけていただき、多くの祝福をいただき心より感謝申し上げる次第である。
新郎の語る「つながり」を今後とも大切にしていって欲しいと切に祈ったひと時である。

若い二人に皆様のご指導ご鞭撻を宜しくお願い申し上げ感謝・感謝である。有難うございました。

         
秋山先生が緊張する新婦父を見る 十字架を前に誓い合う新郎新婦 十字架の光が二人を照らす!

     
教会前にてフラワーシャワーで祝福       新郎がギターを持つとライブ会場に変身する:詩は”旅の途中”

    
新郎新婦友人達のコーラス:ひょっこりひょうたん島?とニューダンス?      花束贈呈では花いっぱい胸いっぱい!

   
二次会は立見席も入って会場は一杯:熱気ムンムンであった!

                             
                       サー出発だ!               皆様どうぞ宜しく!

投稿者:高田 |

健康診断にもサービスが付くんだ?
10月14日は一年に一回の会社の健康診断である。
例年だと診断日の1週間前からお酒を控えて養生するのであるが今年は様々な会が重なってそれが出来なかった。
食べ放題・飲み放題で肥満もセーブできず結果は期待できない。
最初に測定したのが血圧である。現在では機械計測であるから、まけて貰うことは出来ない。
それでも計測前は慎重である。後ろが早くという声が聞こえるのを無視して、深呼吸を数回繰り返す。見事上が117、下が76であった。良し!と自分自身で妙に納得して大きくうなずき得意になって記録紙を看護士さんに渡す。すると、もう一回計って下さい。えっ?何で?折角良い数値が出たのに!すると看護師さんが60歳過ぎると2回計測することになっています。と
もう一度計る時はどきどきしていたので心配であったが、ほぼ同じでちょっと上った程度であったから、やれやれである。
そうか。還暦過ぎると健康診断までサービスを受けるのか?
体重計に乗ると去年より1kg増えていた。着物を着ての計測であるから、今日は厚着してきたので2kg減らして欲しいと嘆願したが、何時ものように1kgしか減らしてもらえなかった。専務(弟)がここ半年で10kg以上も減量して私と同じ数字に迫ってきたから看護師さんとの交渉にも熱が入っていた。
体重に引き換え、身長は5mmほど減っていた。こちらは増やしてもいいですよと言っても取り合ってもらえなかった。デジタル時代が反映してか融通がきかなくなった世の中になったことを痛切に感じるのは私だけではないと思う。(と野暮を言っている私である)
聴力検査の時に「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ、兎角この世は住みにくい」 夏目漱石先生の言葉が響いてきた。
そして、検査は続く:レントゲンである。レントゲンさんはよくもこの機械を作ったものだと感心しながら:「息を大きく吸って!はい止めて!はい、吐いて下さい!」のアナウンス。
服を着て中待合で次の検査を待って居るとレントゲン受付の方が、高田清太郎さんおいでですか?ハイ!と大きな返事。もう一度撮らせて欲しいのですが。えっ?どうかしましたか?即、検査結果が悪いのだろうか?それにしても反応が早すぎる。恐る恐る聞いてみる。どうかしまいたか?表面上は平常心で、内心はどきどきで!いや、全部入らなかったのです。えっ?大きく吸うようにアナウンスがあったのでそのまま大きく吸ったらはみ出たらしい??もう一度:還暦になるとレントゲンも二度撮影するサービスになっているのか?変な感心をしていると、機械音のアナウンスである。ハイ大きく息を吸って!思わず三度目の撮影はご遠慮させていただこうと本能的に、私の頭は自分に「ハイ小さく息を吸って!」になっていた。
周りからは二度もレントゲンを撮ったのか?と嬉しそうである。すると突然なんで、病院では「トル・とる」なる言葉がこんなにも多くあるのだろう?と関心もしたし、不思議にも思った。レントゲンを撮る・血を採る・脈拍を取る。そして、看取る????
60歳から二倍になる!と自問自答していると、採血ビンが二本渡された。エッ?こちらもサービスですかというと、例年と同じです!?あっそうだった?視力検査も右に加えて左とこちらもサービス?普通です!?心電図は心臓は左なのに右にも検査ピンが取り付けられる。何でも二倍に見えてきた。取り直しと言われる前に小便はカップに何時もの二倍入れることにした。
医療はサービスであると以前視察旅行でお伺いした小松温泉病院院長さまから聞いたことを変なところで思い出した。
出来ればサービスはこちらの納得行くところでのサービスが欲しいものである。体重を減らしてくれるとか?身長を慎重に伸ばしてくれるとか?ムジャムジャ考えながら検診が終わる。
漸く開放された。しかし問題はこれからである。検査結果が気になるのが還暦かもしれない。
現在までのところ腰痛以外は支障ないと思っているのであるが、薬を飲んでいない私に薬を飲む様に言われるのは耐えられない。
風邪をひいても検診後かぜだと分かれば納得して薬は飲まない。新薬は信用していないと関係者に言うと、それは高田さんの勘違いであり、独りよがりである。と!
強い薬が出ると胃をいためるから?と質問すると、そんなことは無いよ。強いというレベルが違うと解説された。薬は全然問題はない。心配要らないと???
それでは、薬の服用時間の指定でも食前・食後・食間がある。それも神経質にならなくていいといわれてびっくりした。腹に入れば皆同じさ!
長い間、食間というのはそのまま食事をしている間におかずの様に飲むと思っていた若き日を振り返ってにんまりでもある。飲んでも飲まなくっても何れにせよ健康第一は万人の願い。

  
わが町:摂田屋5丁目は何かとイベントが賑やかだ。10月30日31日は地域文化祭!

  
子供たちの描いてくれた文化祭案内ポスターにはほのぼのしたものを感じる!

投稿者:高田 |

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