新潟県内、長岡市内でのマイホーム購入、リフォーム、住宅、建築のことなら高田建築設計事務所におまかせください。

社長ブログ

今年のお盆はからっとした夏空にはならなかった。ニュースでは6年ぶりに夏のない梅雨季から秋になってしまう年になるのではと懸念していた。
そんな天候の合間を縫って今年のお盆は炉用の灰づくりに励んだ。〔正確に言うと励んだのは私ではなく女房と娘であるが・・・その補助と言ったところである〕
灰作りで大事なのが晴れ天気・燃える太陽である。
一昨年からお茶の作法を学ぼうと裏千家の先生である伯父のT先生の門を叩いた。
と言うと聞こえは良いが、実際は住宅や割烹の設計を頼まれると時々茶室のお話が出てくる。
その時に図面上だけでなく作法として習っておくに越したことはないという必要に迫られてのことであった。
会社のスタッフにも今後、設計上必要になるからと言うことで参加を促したところ第一陣は8名で参加することになった。出席率の一番悪い私がブログに書くのであるから迫力は不足気味であること。
スタッフの皆様、ご寛容の程を!
私にとって茶事習い事は今回が初めての挑戦ではなく、遡ること15年前に一度は挑戦したのであるが、
当時はとても忙しく通うことは出来なかった。そして当時はT先生も15歳若く教えに力が入っていたように思えた。そんな中での私は習い仲間の足手まといになるのでは?と中断である。
15年経ったT先生も多少丸くなられ(私が大人になったのか?)すんなりと習い事3年目に入ったのである。
と言えば聞こえは良いが、習い日は週末の夜:当然、様々な会合とバッティングする。必然的に欠席の月が続いてしまう。それでもちょっとの時間があればお茶を頂きに行くのはその時間が精神的にも大変穏やかなものを感じるからである。
昨年には我が家で、T先生から炉用の灰づくりを教わった。と言っても自分は何もしない。T先生と助手そして女房と娘がするのを眺めていただけであった。
今年は先生も助手もお出ででない。そこで私の出番である。水こし・灰干し・秘伝の液体入れ・練りこみ・灰干し・・・何度も繰り返して最後に篩い落としして出来上がりである。
それはそれなりに楽しいものであった。汗を拭き拭きの格闘であった。昨年は見ていたが今年は実際に灰に手を触れ捏ねているといつの間にか愛着がわいてくるのである。炭手前は灰づくりから!不思議に納得している自分に気がつくのである。
T先生は年齢に反比例するかのようにスピードアップで、様々な点前を教えようとされている。実践も大事と、二年間に二度のお茶会を持たれ我が社のスタッフも大奮闘である。(私の役どころは切符きり)昨年10月には分譲土地:リプチの森で一夜城ならぬ一夜茶室がつくられ町内の文化祭に合わせて茶会を開催したのである。寸法は利休の長男:道安好みの三畳下座床であった。

        
リプチの森の一夜茶室            道安好みの三畳下座床            灰手前:炉に灰を入れる
  
灰汁抜き                   細かく灰をもむみ日干し

                                                     
 直木賞受賞作:山本兼一著:「利休にたずねよ」には、読者である私がお茶を習っていなかったら読み込めない所作がたくさんちりばめられていた。これも副産物である。

投稿者:高田 |

神様のパレットにはどのくらい多くの絵の具があるのだろうか? 

リプチの森の横には太田川がゆったりと流れている。南蛮山や山古志から降った雨の一滴が、他の水を集めながら小川となり、日本一の長い信濃川に注ぎ込む。太田川自身はそれ程長くない川でもある。
雨が降ろうものならすぐに泥まみれの川となり、決して清流等とは呼べないのだが、ここに渓流の宝石と言われるカワセミが巣くっている。
朝の散歩の楽しみの一つは、太田川でカワセミに会うことである。初めて出会ってもう10数年になるだろうか?姿が見えない日はいつしか名前で呼ぶことにしている。カワセミのカッシーである。
勿論何羽いるか私には分からない。それにしても、長い間一羽しか観測できなかったが、一昨年、同時に二羽見たことがある。それ以降は依然として一羽としか出会わなかった。
町内のFさんは野鳥観察委員と聞いた。町内祭りの打ち上げ会でカワセミの話で盛り上がったばかりである。Fさんが言うには、JRの鉄橋から太田橋までの1km弱のところに7羽観測されていると言うのである。一度に7羽が飛んでいなければ、7羽を見分けることができないのではないか?皆同じ姿かたち・色合いをしているから見分けが付かない。一羽一羽の顔を識別できないからである。が私の稚拙な意見である。それでも私は長い間一羽か二羽としか出合ったことがなかったので、きっとそれ以上の複数に出会うことはないだろうと思っていた。
ところが、ところがである。先日の朝、びっくりである。何・何と!5羽のカワセミが目の前を大カーブをつくりながら直列に飛んでいくではないか?しかも水面すれすれに!弾丸ロケットのように!びっくり・ドッキリである。思わずコンパクトカメラでパチリ。5羽同時にはカメラに入らなかったが、3羽を撮ることが出来た。
何と凄いことだろう。今年の梅雨は長く散歩道も重い空気が漂う毎日であったが、カワセミの群団に出会った途端に何とも表現できない驚きと温かい喜びを手にすることが出来た。Fさんの言う7羽が居るんだ。とうなずいてしまった瞬間である。
渓流の宝石と言われるだけあって、カワセミの背中は鮮やかな緑とトロピカルブルーをしている。止まり木に止まっている時は青や緑だけでなく、黄土色にも見える。インターネット(ウィキペディア)で調べてみると、「カワセミは本来青くなく、光の加減で青く見える。これを構造色といいシャボン玉がさまざまな色に見えるのと同じ原理。特に両翼の間からのぞく背中の水色は鮮やかで、光の当たり方によっては緑色にも見える。漢字表記がヒスイ(翡翠)と同じなのはこのためである。」とのこと。
何れにせよ“鮮やかな彩り”に出会うことが出来ると思うだけで、これからの散歩が一層楽しくなりそうである。

   
   

投稿者:高田 |
2009.08.04

長岡花火大会

音の持つ力:日本一の長岡花火大会が開催された。
今年も長岡祭りの一大イベントである大花火大会が開催された。8月2日:一日目は天候不安定にもかかわらず、日曜日とあって繰り出した人数は47万人と言う。8月3日:二日目は花火日和となった。
NHK大河ドラマの天地人(直江兼続)をテーマとした天地人花火はテーマ曲に乗って打ち上げられたデザイン花火である。プロデュースは昨年に引き続き池端信宏氏〔加山雄三氏長男〕による大変レベルの高い花火であった。
中越地震後の復興メモリーとして打ち上げられたのは、フェニックス花火である。昨年までは6連だったが、
今年は15連打ち上げであり、打ち上げ場所も三尺玉打ち上げ場〔長生橋の上流〕から大手大橋の下流まで拡げられての打ち上げである。近くで見る人々には一度に捉えることの出来ないパノラマワイドである。某テレビ局の話では一度に収めるには山のほうまでTVを引かなければならないと言っていた。
その他の花火も寸分を待たず連続でスターマイン・ベスビアス・10号連発と続く。花火は間合いが大切だ。
大型花火の大切なキーポイントは間髪を入れずの間である。
尻上がりに大きく・高く・密度濃く・打ち上がった花火には万来の拍手のシャワーが振ってくる。
最初、なんで花火に拍手等と怪訝な顔していた関東から来たと言う人が、最後には大声を出した上に負けじと強い拍手をしていた。
花火のポイントは「構成・間合い」だと言ってもそのベースには「音と色彩」がある。音のない花火等迫力なぞ何にもない。音で光る花火が眼に映る。音は聞くものと思っていたが眼に映る花火はまさに「音は観るもの」かもしれないと思えて来た。
同時に花火の形・色彩は見るものだと思っていたが、年を重ねるうちに「色彩は聴くもの」であったのであろうか?
丁度、目隠しして鼻をつまんで食べる桃と洋ナシは区別が付かないと同じである。鼻で香りを食べているからである。
それにしても長岡花火の彩りは日本一・世界一の花火と言っても過言ではないと声を大にしたい。
来年も一層鮮やかな色彩と音を楽しみにしています。

   
長岡花火大会

   

投稿者:高田 |

“蟹は甲羅に似せて穴を掘る”と言うことわざがある。巣舞づくりにも言えることで、現在の我が家の自分サイズ〔家族構成・予算等〕に合わせて、当初は計画プランニングするのである。しかし、巣舞は家族の成長と共にどんどん変化していくから、何度となくリフォームする必要に迫られる。
“スケルトン&インフィル”世代間を越えて長期住宅に対応するためには、構造と内部設備等は分離されている考えである。間取りを自由に変えることが出来るから長持ち住宅になる。
“大は小を兼ねる”LLスタイルの人はSサイズの服装を着ることができないが、Sスタイルの人はLLサイズの服を着ることができる。勿論着心地は保証できないが。
“帯に短かし、たすきに長し!”どっちつかずの中途半端で役に立たないこと。バイブルに“熱いか冷たいかであれ!ぬるま湯だったら吐き出そう!”と言う言葉があるが、似ているようでもある。
“水は方円の器に随う!”包み込む器の形に自由自在に追随する。入れ物の形に変幻するのであるからその能力は凄いものであり、その柔軟さには感服である。
“酒は器を選び、器もまた酒を選ぶ”日常の巣舞・週末に利用する巣舞・別荘・趣味を生かす巣舞・等と時と場所をわきまえて、住まう人の生きがいを引き出す巣舞づくりがされれば、不景気風も吹っ飛ぶのになーなどと暢気なことを言っているのは私だけだろうか?
割烹「柳屋」さまの第一回イベントにお招きいただき、感動したことしきりであった。
見附市今町で一昨年に設計のお手伝いをさせていただいた割烹柳屋さまは260年という歴史を持つ老舗。
中ノ島―見附今町凧合戦で有名な土地でもある。
タイトルは「久須美酒造冷酒試飲会:酒と食の夕べ:特別企画」演者は感性科学研究所代表の戸塚昭農学博士、会の司会は若女将、お酒の提供は久須美酒造第七代目久須美賢和氏であった。
その会では高校時代の同級生に40年ぶりに会ったり、当社の築縁様に会ったりした上、建物のデザインがとても良いと評価されたものだから、ついついいい気になって飲みすぎてしまった。
出されたお酒は「夏子の酒・清泉・7代目・亀の王・翁・尾」
1.夫々の料理ごとに、一番美味しく頂くために選ばれるお酒が紹介された。食通で無い私にはあまり分からないが、一言添えられると美味しさが変わるから不思議である。
2.酒通の間では「酒は器を選び、器もまた酒を選ぶ」という格言があるらしい。この言葉を知らない私は酒通ではなさそうである。同じ酒でも器を変えると味が変わる。
1上部が広がった朝顔型は手首のスナップだけで飲めるから、日本酒が舌の上を喉に向けて素直に流れ、まろやかな味わいに感じる。
2、 上部がすぼんだワイングラスで試すと顎を上げて飲むと舌の両側に落ちて舌の裏側に多くあたり“えぐ味”と言われる不快な味を強く感じる。瓶詰めされたお酒の上側はまずい酒だという。下ほど美味しいらしい。試飲すると正にその通り。偉い人から順にとか、レディーファーストとか言いながら酒を注ぎ回って、下のほうの美味いところを飲むのが本物の酒通と聞かされて耳寄りな情報ににんまり。注がれる人・注ぐ人の喜びが一致するから一石二鳥でもある。
何でも理がある。その理を理解していくには、格言や諺・コメントが必要であることをあらためて確認した一席であった。

     
熱が入る久須美専務は七代目         柳屋若女将は9代目の奥様      酒は料理の味を生かす。
  
戸塚博士と2ショットの               割烹 柳屋 9代目
私は飲みすぎてハイな気分

割烹 柳屋様のご紹介

投稿者:高田 |

幼き日の記憶に重ね合わせて!
いよいよ梅雨季に入った。夜来からの雨で川は豪流と化している。恐ろしいくらいの泥流となり、目をジーッと見据えているとその勢いに飲みこまれそうな錯覚に陥る。この時期の雨は、越後路には必要なのだ。
幼き日には雨上がりの後が、楽しかった。梅雨時の雨の後には、決まって道のここかしこに水溜まりが出来ている。
そして、その水溜りに小さな魚が泳いでいるのだ。めだかの赤ちゃんでは無かったかと記憶している。
ともかく小さく、そして可愛いいのだ。豪雨の後だけに心温まる風景であった。
それから長い間、何の疑問も持たずに“魚は空から降ってくる”と思った。
やがて、年を重ねて水溜りを見る目が変わった。どしゃ降りの最中にたまたま外で遊んでいたら、
田圃の用水が溢れ出ていたのだ。
小学校の低学年は、学校への近道を覚えた年でもある。登校はいつも時間ぎりぎり。
近道は田圃の畦道と小さな農道、昨夜からの雨はまだ上がっていない。時間が無い.一目散に走り出す。
アッ、道が無い。田圃も畦道も農道も皆水で埋まってしまった。
はだしになって足めくりして、短靴を片手に持って、背伸びしながらようやく向こうの道に到達する。
そこで一息!そして学校めがけて走り出す。
それにしても雨上がりの溢れかえった水は、なんと綺麗な事だったろう。
その水が肌に触れる気持ち良さと感動は、その後にもそんなに多く経験できるものでは無かった。
しかしショックだったのは、帰り道である。朝の水は引け、農道のあちこちに水溜りが出来ている。
なんと魚が泳いでいるでは無いか?
アッ!再びに気づき。そうか“魚は空から降ってきたのではない。”大雨で溢れかえっただけだったのか。
発見には喜びが伴うが、この時だけは発見したくなかった出来事でもあった。
更に時を重ねて、何気なくTVニュースを見ていると、アメリカの竜巻は家をも車をも空中高く舞い上げてしまい、
多くの犠牲を出してしまった。…・・と。その時、牛が民家の近くに空から降ってきた。とも報道している。
竜巻に巻き上げられた牛が飛んできたのだと。私は再びあの水溜りが気にかかった。
やっぱり“魚は空からきっと降ってきたのだと。”2001年7月12日から始めた朝の散歩もあと一ヶ月で満8年になる。
それまでは愛犬チロとの散歩だったので、寄り道だらけで思うようには私を歩かせてくれなった。
雨の日は散歩をやめたくなったり、サボタージュしたくなるが、この時期の大雨〔勿論洪水はごめんであるが〕の後は何故か心が踊るのだ。何時の間にか足は田圃道。大きな川は渦巻く泥流だったが、畦道は何故か水がすんでいる。
私は水溜りに目を凝らすが魚らしき姿を見つける事は出来なかった。
(心の中の水溜りには今も空から降ってきた魚が泳いでいることには変わりない。)
魚の代わりにあめんぼう達がスケートに励んでいる。   
・・・・この時期に空からおたまじゃくしが降ってきた・続いて魚が降ってきた。の報道ニュースににんまり!
懐かしき心のバイブレーション!

           
用水もたっぷりの水量           蛙の平泳ぎ                       たまり水

投稿者:高田 |

何事をするにもテーマを掲げタイトルを決め、そしてコンセプトをつくりこんでいこうとする習性は、
建築の設計を職業とする私の性と言っても良いかもしれない。
ブログ開設にもネーミングがいると言う。スタッフから早くつけるように催促されていたが
中々出てこない。いつでも替えてもいいから、仮でもいいからつけてくれという。
名は体を表す!名前はそんなに簡単に変えられないと思っている私からすると少々困惑気味でもある。
“たかがブログではないかと言われはするが、私にとっては初めてのブログ”である。
緊張がないといえば嘘になる。
しかし、いつでも替えられる。替える事もできると言うアドバイスは、
私の肩に入った力を抜くにはとても良き特効薬でありナイスサジェスチョンであった。
その瞬間によぎった音楽がリムスキーコルサコフのシェヘラザード:千一夜物語の交響組曲である。
千夜一夜物語と言われるが、子供時代には別名「アラビアン・ナイト」で親しんできた。
ブログを千一夜も続ける?とてもとても肩の荷が再び重くなる。“胸に一物、手に荷物かな!
”それにもまして私も昔と違って夜型から朝型人間になってしまっているのであるから。
それならそれで夜物語ではなく散歩しながらの朝物語ブログにしてはと、
いい加減なもう一人の私が真顔の私に語りかけてくる。こうなると話は早い。
アラジンの魔法のランプを当てにしての出発である。
ランプを擦ると魔神〔ジニー〕があらわれ私の願いに耳を傾け必ず知恵を与えてくれることを信じて。
千という数字で連想するのが、奈良・吉野の金峯山寺で、険しい山道を年に120日、9年間かけて歩き続ける
「大峯千日回峰行」である。千が重荷の数字ならば百にして百一朝物語になる日も遠からじ。
一週間に最低一回更新するだけでいいと言われて気が楽〔落では無い〕になった。
“シェラザード”を聞きながら明日のブログはどうなるか“知られざれど”と気軽なジョーク〔ジョウキリョク:常気力〕で出発である。
※・・・・千一夜物語とは:妻の不貞を見て女性不信となったシャフリヤール王が国の若い女性と
一夜を過ごしては殺していたのを止めさせる為、大臣の娘シェヘラザードが自ら王の元に嫁ぎ、
千夜に渡って毎夜王に話をしては気を紛らわさせ、終に殺すのを止めさせたという物語である。
話が佳境に入った所で「続きはまた明日」とシェヘラザードが打ち切る為、
王は次の話が聞きたくて別の女性に伽をさせるのを思い留まり、それが千一夜続いたという。
(※ウィキペディア「千夜一夜物語」より抜粋)

 ジニーはタカダの夢を叶えてくれる?

 
1961年録音                                                                 42年前(高校3年生)に買ったレコードが
アンセルメ指揮スイスロマンドオーケストラ                   キャビネットから出てきた

投稿者:高田 |

Re〔リ〕プロジェクト30!のムーブメントを起こして3年が過ぎた。
BSN・TV毎週日曜日「サンデーモーニング」関口宏氏司会による朝番組に流しているCMでもある。スポーツコーナーで大沢啓二親分と張本勲氏が一喝する時間、9:10~20頃に流れるとても品の良い〔自分で言うのもなんですが?〕CMである。
「人々が暮らす環境、それは私達に大きな影響を与えます。そろそろ戻りませんか・・・」で始まる。一週間を癒し空間から始めようとした目論見です。
最初に画像には自然背景画にReturn(リターン)が浮き出されてくる。
それ行けどんどんで猛烈社員が闊歩した高度成長時代・団塊の世代の最後にぶら下がっている私であるが、いつになく「ちょっと待て!大きく深呼吸!」に耳を傾けるのは自然の摂理。仕事的にはスクラップ&ビルドで育った時代背景を覗くことが出来るのである。
その時代のマーチは「3歩進んで2歩下がる」の水前寺節は実は2歩進んだら3歩進め!であったと思う。
しかし上り坂があれば下り坂もある。一度立ち止まってみませんか?とCMが続く。止まりっぱなしで「まさかの坂」にならないまでも、歩んで来た道を省みることの大切さを覚える今日です。
秋山孝氏〔多摩美術大学教授〕も長岡市宮内〔隣が醸造の町摂田屋〕の出身である。世界的なグラフィックデザイナーである秋山氏は、今年7月11日に自分の作品を引っさげて返ってくることになった。
大正14年に建造された北越銀行旧宮内支店の建物が「秋山孝ポスター美術館長岡」に変身することになったのである。正にReturnである。
建物は長岡市・新潟県から歴史的建造物と認定されて、復興支援金を頂いてのリノベーション(改修)である。いよいよ7月12日(日)がオープン。宮内・摂田屋が美術館のある街になります。
その前に露払い役か添え華か?ツバメが巣をつくった。先に住人(鳥)登録が済んだらしい。
「一足お先に失礼」ならぬ「一翼お先に失礼」である。

  

                                                           
 秋山孝ポスター美術館長岡 7月12日OPEN   ツバメが子育てしています

投稿者:高田 |

5月の田植えが終わると田の草取りが始まる。
成長してからであれば、稲穂と稗(ヒエ)の区別は確りと出来るのであるが、田植え直後は中々見分けが付かないのは何も素人ばかりではなさそうである。
今朝、散歩をしていると農家のNさんが「いや~間違ってしまった。稗だと思って引き抜いたら何と本物の苗だった。他の苗の伸びとちがったのでてっきり稗かと思って引き抜いたのだが、昨年の籾殻から出てきた稲穂みたいだ!稗は抜き取った時に白く太った根の形状をしているから、抜けば一目瞭然なのだが。」思わず“ヒぇ~!本物の苗だった。”
バイブルに書かれていた言葉を思い出した。良い実と悪い実を分けるのを急ぐあまり、良い実を悪い実と一緒に取り除いてしまうことがある。それを避けるために、実が大きくなるまで待ちなさい!と言うたとえが語られている。
時代は自然食品・無農薬・有機農法と食の安全を求めて知恵を出し合っている昨今である。特に我が子には安全食品を!と思うのは親の常。安全の食を得るためには手間と時間がかかる。つまりお金も掛かることになる。
生産者側からすれば、プライスダウンに対しては、知恵を絞ってコストダウンで答えなければ一般的には事業継続が出来ない。行き着く先が、防虫剤・除草剤と言った農薬頼みになってしまっている。
一方で一万円する無農薬りんごが、中国にむけて輸出されている情報には少々違和感を覚える。
歴史的にはかなり古い成り立ちであるらしいが、近年脚光浴びているのが、田の草と害虫駆除に一役買っている立役者がいる。そう鴨たちである。人為的に田圃の周りに網を張って、逃げられないようにして放し飼いする方法もあるが、自然に生息している鴨が、勝手に田圃のお助けマンをやってのけている風景に出くわすとなんとも自然共生のエコ気分を満喫できるのである。そんな鴨よ!カモ~ン!である。
今年のコシヒカリは、更にキラリと光り、おいしいカモ。

 
農家のNさん                         田圃のお助けマン

投稿者:高田 |

雪国の5月は、一年中で一番良い季節といって良いかもしれない。
四季折々に豊かな恵みが与えられた日本!勿論、全ての季節は、人夫々に楽しむことが出来ることは
前提であるが。それでも気候が穏やかで暑からず寒からずの5月は、
定温動物の人間にとって最も居心地の良い季節である。
暖房器具の姿が消えて、エアコンが登場するまでのわずかな期間である。
しかもこの期間に梅雨季が横たえていて、長雨の年になれば日本の四季は正に五季に変貌!
雪は雪国人に様々な難儀をかける。
道路の除雪や屋根雪を下ろす労力は決して小さくなく、豪雪にでもなれば、町は孤立化し生活に不便を強いるだけでなく産業にも大打撃を与える。
しかしその大雪が、春になると一変して越後の大穀倉地帯を潤すのである。
雪解け水は日本一の信濃川となり、水稲の育成に無くてはならない存在となってくれるのである。
「昨日の敵は今日の友」ならぬ「冬の豪雪が穀倉地帯の生命の泉」
雪国、越後路の5月は田植えの季節である。耕された田圃が一斉に水鏡と化すのも大変な見ごたえである。
大空が田面に舞い降りるのである。
あぜ道や農道を歩いているとまるで天空を空中散歩をしているような錯覚に陥るといったら言い過ぎであろうか?
画一化された音や形では得ることの出来ない微妙な変化は、人々になんとも安らぎ空間を与えてくれる。微妙に揺れ動く心地よさを「1/fの揺れ」と呼んで見ると私達の周りには非常に沢山存在しているのである。
その代表的なものに木目や畳の目がある。
リプチの森に蒔かれた種が、シロツメクサのじゅうたんとなり、風にゆらゆらと揺れ動く姿を見てクローバーかり〔苦労ばかり〕ではなかったはずである。〔ちょっと無理があるかも?〕
日の出とともに“さえずる小鳥達のおはよう挨拶の連打”や“障子越しに映し出される木々の揺れのシルエット”は正に「1/fの揺れ」である。人々の心を癒してくれるのである。
昔は、ごろ転がしで長い日数を使いながら植えられた水稲の苗。
今は、田植え機で一瞬に植えられる。それでも不思議なのは、手植えも機械植えも植えられた苗たちの並びが微妙に右往左往している。昔も今も変わらぬ“苗”の「1/fの揺れ」合唱団。
朝散歩で癒される1/f風景である。
私達巣舞づくり合唱団は、そんな「1/fの揺れ」の空間を求めて歌い続けています。
そろそろ帰りませんか?居心地の良い居場所へ!

 
「1/fの揺れ」合唱団                                              田面一夜にして水鏡と化す

投稿者:高田 |
2009.05.28

こらっ・無

いよいよホームページに私のブログを載せるという。
あまり人の前に出たがらない性質なもので足踏み状態が続いていた。
その証拠に私の朝の散歩道(農道)は踏みつけた足跡ででこぼこである。
私は生来の無精者である。その上に飽き性と来ている。
石の上にも三年と言うがとてもとても私には通じないことわざである。一年と続かないことも多々ある。
振り返れば書店でやろうと思って買った趣味の本が次の日からは本箱の奥のほうに引っ込む始末である。
誰かが言っていた。本を買う努力・エネルギーは使ったのだから、もう読むなどという努力は考えたくないということ。
そんな本の買い方から「ほんとかいな」という言葉が誕生?
 しかしどうしたわけか私は建築だけは続いている。職業だから仕方ないと思われるかもしれませんが、
それがそうではないのである。一言で好きであるからである。楽しいからである。
案が出てこなくて苦しむことも多々あるが、その後、いつになく、しかも必ず出てくるアイディアににんまり!
その経験を何度も繰り返すと余計に楽しくなってしまうのである。
 しかし、今日はスタッフに押し出されてブログを書くように命令(依頼ではなく命令であった)皆の殺し文句が「断然ホームページのアクセス数が多くなる。リピーターも多くなる」であったから、ついその気になってしまうのは直情径行の性格からかもしれない。
かくしてホームページアクセス数を多くするために私のアクセクする生活が始まったのです。
以前新潟日報でコラム欄を30回持つように言われた。すまいのエッセイである。
最初はそんなに続くわけが無いと思っておったが30回目が来ると学芸部の担当者からもう少し続けるように依頼が来て、50回続けてくれと言うので惰性で書いてしまった。
ところが50回目を迎えると時期的に切れが悪いから年度末まで書くように。結果68回書くこととなった。
そこまで来ると今度は不思議に調子が出てきた。よ~し100回までなどとモウゾウを掻いていると学芸部の担当者が「はい、それま~でよ!」で終了。しかし、今回のブログの書き込みは新聞期限のように拘束されていないから、ルールはみ出し症の私には少々心配である。セルフコントロールが何処まで出来るか?自己制御がきかなければ道草三昧になりそうである。そこで書くことをサボっていたらお叱り頂きたい
こらっと私にメールください。そこでコラムに書かれて無いぞ!で「こらっ・無」です。
新潟日報でのすまいエッセイは100回続けようと思った矢先に中断であった。
そこで千一夜物語ならぬ、千一朝物語り:千の朝物語とタイトルすることにした。
タイトルは出来たので明日から一週間はノルマが無くなった。一安心の出発である。


朝日

投稿者:高田 |

↑ページの先頭へ

↑ページの先頭へ


会社案内求人情報お問い合せリンクサイトマッププライバシーポリシー

株式会社 高田建築事務所
長岡本社 〒940-1105 新潟県長岡市摂田屋5-6-22 TEL:0258-36-1230 FAX:0258-35-8185 MAP
新潟営業所 〒950-0948 新潟市中央区女池南3丁目5-15 TEL:025-284-4700 FAX:025-284-4646 MAP