環境共生型企業立地フォーラムin ながおか
ニコルさんがニッコリ!
「みらeコラボ長岡‘09:環境共生型企業立地フォーラムin ながおか」が開催された。
ファーラム第一部の基調講演はC.G.ニコルさんであった。
このプロジェクトは長岡市西部丘陵東地区〔県立歴史博物館に近接している地域〕にて30haを環境共生の創造的モノづくり拠点にしようと言うものである。
土地の分譲販売価格は1万円/㎡以下という。坪3万円は事業誘致するにとても魅力的は価格でもある。
用途地域は工業地域!集積予定業種は「機械金属製品製造関連産業」「人間生活関連産業」「環境・エネルギー関連産業」などである。フォーラム第二部はリレートークであり、そのパネラーの一人が「産業と自然の矛盾なき共存」をコンセプトに赤城山麓でサンデンフォレスト開発にニコルさんと取り組んでいるサンデン〔株〕顧問の堀越洋志氏であった。
このような良き前例を学びながら長岡市でも里山を利用して産業との環境共生事業を立ち上げようと言う森市長の旗振りでもある。森市長はこのプロジェクトは「蟻の目と鳥の目の両方が必要である」とコメントを送っていた。
ニコルさんはご存知の様に1980年から長野県黒姫に在住し、執筆活動を行い。1984年からは森の再生活動を実践するために、荒れ果てた里山を購入し、「アファンの森」と名付ける。1998年からは単に自然の森だけの再生活動ではなく、産業との共存を図ることでより広く、持続的に自然の再生に取り組む近自然工法を導入について前出のサンデンフォレスとの開発に携わる。英国ウェールズのアファン森林公園はニコルさんが生まれた1940年当時はまだ綺麗な森であったが、まもなく石炭採掘のため木々は皆伐され、ボタ(石炭かす)で覆われたはげ山になってしまった。しかし、戦後3人の若者がアファンの森の再生を果たした。
10haだった森が現在では3万haにまで拡大された。正にアーバンフォレスとである。
ニコルさんは荒廃する森を見ながら旅に出る。カナダへ渡り北極探検は10数回にもなる。最後の探検は19ヶ月であったと言う。そのまま北極暮らしとも思ったというが、やがて日本にもやってくる。
14歳の時に英国海軍で教えていた講道館の小泉先生〔小柄〕が大男をいとも簡単に撃退する姿を目の当たりにして空手・柔道に強く憧れる。日本はそんな憧れの国でもあった。
47年前に東京にやってくるが自分のバイオリズムと合わずとても住める町ではなかったと言う。
やがて日本の自然の素晴らしさに気がつき、自然の恵みに目を見張ったと言う。
敗戦後でも日本には元気が沢山あった。明治生まれの品格ある老人も沢山おられた。日本人が大好きになった。
黒姫に30年住むようになった理由が猟友会に入って猟をするために山に入ると、200年~500年樹齢の木々が伐木され素晴らしい森も破壊され始めたことに強い危機感を持ったと言う。
南ウェールズの森はたった5%であったが60%まで占めるようになった。そのことを日本でもすすめようとしていたが、日本人は素直だがやって見せないと中々動かない人種であることも分かったと!ニコルさん自らが住みながら森の再生に取り組んで今日まで来ているという。
以下、C.G.ニコル氏講演会語録
森は人類の心の故郷!
伐木すると水の流れ〔見えない〕が変わる!
森の恵みはキノコ・木材だけで無く平和・安心・喜びがある!
森は優しいかぜをつくる!
・・・・・・・・・・・・・天晴れC.G.ニコルさん!
破壊が進む自然環境で未来が暗くなるが、C.W.ニコルさんの「森から未来を見る」と未来はニッコリ!ニコルさんでニッコリ!
弊社で取り組んでいる長岡市摂田屋5に分譲土地48区画の間知〔まち〕づくりがある。まちの名前は「リプチの森」である。ニコルさんの様な大きな森ではないがまちに住む人達も小さな森を育てることから始めようというものであった。毎年春には各戸が二本以上の植樹をする。やがて大きな森になってくれることを期待して!ニコルさんはじめ多くの森づくり・森まもり人達に触発されての命名でもあった。

みらeコラボ長岡’09 C.G.ニコル氏の基調講演

自然から元気をもらう子供達 第二部リレートーク

赤木サンデンフォレスト 森と工場の共生 西部丘陵東地区
リプチの森のまちづくりが始まって足掛け3年である。
リプチの森は高田建築事務所が不動産部門のフォレスタカダと連携して21世紀に向かうあたらしいまちづくり(分譲土地)のモデルプランでもある。総区画数は全部で48区画である。(弊社HP・間知づくりを参照)
販売スピードが大変緩やかな中にも新たな町の息遣いが確かな足取りと共に聞こえてきた。
造成計画当初からリプチの森の公園に隣接して常設展示場を作る予定であった。中々時機を得ず本日まで来たが、漸くリプチの丘の隣に予定地を変更してつくることができた。
建設地のF区画は西側に太田川の土手越に川面を眺め、遠く田園風景の向こうには越後連山を横たえている。
大変な眺望の良いところでもある。太田川ではカワセミたちや鴨の群団にも遭遇することが出来る。
敷地の条件を活かして、1階に個室群〔寝室・子供室予定スペース・バスルーム関係〕を配置し2階には30畳台のLDKと言う典型的な高居間式住宅にした。(高床式とは違い木造2階建である。)
プレオープンは今年から新設されたシルバーウィークである9月20日~23日に設定。
ネーミングは「リプチの森のたまご」と命名された。
そもそもは国交省が推進する長期優良住宅先導的モデル事業である。〔こちらのニックネームは200年住宅〕6年間展示場として活用して住宅産業の活性化に寄与するようにと言う国の支援事業を得ての建設でもあった。同時に弊社にとっては初めての常設展示場の開設となった。たまごは生命を宿しているエネルギーそのものである。
様々なたまごがある。鳥の卵・カエルの卵・恐竜の卵?・びっくりマークの卵?
母親の胎内から生まれ出て時間を掛けて温められ、殻の中で成長して、時期が来るとその殻が割れて中から生命が生まれるのである。感動物語そのものである。
鳥の卵は時に内側から雛がくちばしで叩き、外からは親鳥がくちばしで叩いて殻を割る。「ソクタク同時」と言う言葉はそこから生まれたと言う。
リプチの森のたまごは自立循環型のたまごである。エネルギーを自力で作り自立しようとしている意味ではまさに卵である。
屋根には太陽光発電パネルや太陽熱利用によるソーラーれんで給湯・暖房機能を発揮する。雨水貯塔タンクで庭の植物に散水することが可能である。
サステネブル建築を目指していることから使用資材は県産材料を使用したり、和紙や珪藻土も多用することで同時にエコに寄与することになる。
都市・住環境を維持するにはエネルギーサービスするライフラインが必要である。地震や天災でそれらのライフラインがシャットダウンさせられるとその家では生活が出来なくなる。しかし、この卵はライフスポットで自立することが出来るように挑戦しているのである。
母親の胎内に居た時は、お母さんからの栄養分を血管というパイプラインを通して与えられていたが産み落とされた卵は自力で生きていかなくてはならない。リプチの森のたまごは住宅ではあるが、まさに生命を宿したたまごそのものである。
正面外観の木の上にたまごが載っている。そのたまご窓は室内側からは瞑想室デンの丸小窓である。
現在20家族がリプチの森に住んでいる。そして、そのリプチの森人にも新しい生命が4家族に宿った。まさにブラボー!
・・・・・小さい時の一番のご馳走が鶏の卵であったような気がする。栄養がとても沢山込められている。

野草に生み付けられたたまご シンボルのリプチの森のたまご デンの内部から見るたまご窓

太陽光発電パネルと集熱パネル リプチ通りの突き当たり 200年住宅(外観)
広がる2階LDKはワンルーム リプチカフェもオープン 多くの人達がやってきた

元気の出るリプチ踊り 南側に隣接するリプチの丘 福島江にもハヤでにぎわう

リプチの森のたまごシンボル (秋山孝氏作品)
秋山孝ポスター美術館長岡〔略してAPM〕は、美術館なのに「音響がとても良い!とのお墨付きを頂きました」というご紹介?をします。
オープンの数日前に、式典で生演奏をお願いした畠山徳雄氏(ギター)と片野大輔氏(チェロ)によるリハーサルが行われました。この時に、「ちょうどいい残響音でとても酔ってしまう。この場所で生徒達に教えたら生徒たちがうまくなったと勘違いしそうです。」というお褒めの言葉?を頂きました。(北海道のサラサラの雪質のスキー場でうまく滑れたのに、長岡スキー場ではベタ雪のために急激に下手になった様な感覚?)
普通の打ち放しコンクリートの壁面で囲われているコンサート会場では、音がビンビンと跳ね返ってくる。
その音響と比べると格段の差があり、ここはとてもいい空間だと絶賛してくださいました。
また、残響時間は3秒あると言っておられました。〔私はこの辺の微妙さは感知できていません〕
実は、APMはコンクリート壁の中にスチールブレースで耐震補強を行いました。空間を300ミリ位取りその内側にコンパネ12ミリとボード12.5ミリを張ってあります。吸音版が設置されていないので残響音が残りますが、RC壁と内壁の間の空間が振動して緩衝帯になってくれているのではないだろうかと思います。
長岡ルーテル教会(通称:ゆきんこペンギン教会)で演奏する人達も口を揃えて、とても良い音響空間であるとお褒めくださいます。こちらは神奈川から来たチェンバロ製作者が残響時間4.3秒と言っておられました。
木造空間で天井が高いので反射音が柔らかく良いらしいです。
両方とも特別な音響設計をしたわけではないのですが、音楽家達〔特に弦楽器の方〕は、良い空間だと絶賛くださいますから本当に有難いです。この2つの建物は、意識的には造らなかったが、無意識に出来てしまった音楽堂?といっていいかもしれません。
予想していたこととは違って、思わず感嘆詞:オキョッ!何故か私にはオンキョウと聞こえてしまいます。どこの方言だったか似ています。
建築のお手伝いをさせていただいたお客様との間でも、予期せぬ好結果が出るとお互いににんまり感動です。落語の面白度は、予想できない落差の大きさにあるといいます。

両氏による音あわせ 金庫の扉を背に練習する畠山先生

ゆきんこペンギン教会にて音楽会 ゆきんこペンギン教会
今朝は早くから小雨が降っている。梅雨時の小雨は田圃の稲を潤してくれるだけでなく、畑の作物にとっては命の水でもある。
いつものように散歩に出かけるのであるが、生命を育む恵みの水と思っただけで心は弾む。
カタツムリやナメクジまで道路を横断している。
ふっと目を移すと雨板張りの家屋に取り付けられた縦樋が目に留まる。
普段は隅に隠れて目立たないところで機能を発揮してくれている縦樋が、
堂々と真ん中で自分の存在を主張しているから思わずシャッターをパチッである。
軒樋で集水された雨水が縦樋を通って地面に放水している姿は、一層存在感ある物にしている。
更に目を移すとベランダから張り出すガーゴイル〔オーバーフロー装置〕から、
流れ落ちる雨水の痕跡を晴れた日にも確認できる。無いことで主張する縦樋もある。
15年前に竣工した「ゆきん子ペンギン教会」(長岡市)の屋根の集水デザインも独特である。
コーナーに集まった分だけをシャモジ型のスポット樋で受ける形は丁度、建物のイアリングといったところである。
樋はひさし部分・軒部分に平行に取り付けられる軒樋とそれらの水を集水器で集め地上に流すための縦樋とでなっている。敢えて縦樋を中途で留めておいて、下のほうに壺でもおけば雨の日には楽しい音楽を奏でる楽器に早変わりでもある。繰り返すが、樋はどちらかと言うと裏方でデザイン性を持って前面に出てくることは中々無いが、敢えて守りパーツを攻めのパーツに替えることで、意外性を生み出す好事例でもある。
バイブルの言葉を思い出した。「身体が一つであっても肢体は多くあり,また、身体の全ての肢体が多くあっても、身体は一つである。」「もし足が手ではないから身体でないとか、耳は目でないから身体ではないとか言ってもそれで身体に属さないわけではない。」「もし身体全体が目だとすれば、どこでかぐのか?」「目は手に向かってお前は要らないとは言えず、頭は足に向かってお前は要らないとも言えない。」「そうではなく、むしろ身体の内で他より弱く見える肢体がかえって必要なのである。」それぞれが夫々の役目をしている。必要なものである。
建築と言う仕事も多くの人々の頭脳・手・汗を通してつくり上げられていく。
設計スタッフ頭脳からは夢の設計図がつくられ、多くの職人さんたちの手と汗によって工事が行われる。
どの一つも割愛できないものである。
雨の朝の散歩でふっとそんな風に想った。
・縦樋から放水される雨水 ・真ん中で主張する縦樋 ・ ベランダにつけられたガーゴイル

・縦樋をなくすることで樋の存在を主張 ・ ユキンコペンギン教会

・シャモジ型樋は建物のイアリング

・でんでんむし虫カタツムリ!
“100年に一度の津波がやってきた!”とグリーンスパンが言った。そしてその津波(サブプライム津波)は、一瞬にして世界にくまなく行き渡り日本にまでやってきた。「景気がいまひとつぱっとしない!」「うちは土砂降りだよ!」「業界ごと吹っ飛びそうだ!」「週休2日?良いじゃないの、うちは就業2日だよ!」と挨拶代わりに交わす言葉に、今後ずっと永久に暗いトンネルに突入して、二度と出ることが出来ないような響きを持っている。
全ての経済活動が休止する?地球の自転が止まるような錯覚に陥る。ある状態が5年も続くと今後とも半永久にその状態が続くと勘違いしてしまう。10年も続けば、それこそ永久的な常態と感じるだろう。〔ロスト・デケード〕
しかし、歴史を見ると必ず周期を持って上向き・下向き・横ばいが続くことも皆、納得済みでもある。住宅着工数が年間120万戸時代〔過去190万戸まで届きそうな履歴を持つ〕から80万戸時代に突入と言う。実感はそれよりも下回りそうである。
少子高齢化に加えて長寿命化住宅の普及で誰もが見えている未来でもある。そして、業界人にとっては同時に準備をしなければならない未来でもある。
景気後退の時なのだから住宅着工数の激減も当然。ところがである、ピンチはチャンスの裏返しでもある。政府は様々な景気対策の中でも住宅所得者に対する支援策に大きな比重を置いているのも事実である。正に巣舞づくりの人たちにとっては、今までに無い程の大きな応援風が吹いている。低金利政策・返済期間長期化政策・贈与税減税・ローン減税・免税点とより取り見取りである。
そして何よりも建築業者も必至で、良い品質をリーズナブルに作ろうとするチャンスである。
今こそ巣舞づくりを!想いうかべて下さい。上棟風景を!一灯も暗ければ暗いほど明るく光を感じるものである。
巣舞づくりは人生の大事業:中でも上棟日は、子供・初孫の誕生日にも似た喜びをかみ締めるものである。晴れ舞台中の晴れ舞台である。
上棟当日の夕方近くになると何処からとなく、子供達が大人たちの手を引っ張って餅拾いに集まってくる。撒きものは餅〔隅餅・紅白きり餅〕・お菓子に加えて・5円玉〔ご縁があるように〕・50円玉〔ご縁を重ねる様に〕である。
そもそも上棟式がある工法は日本の気候風土にあった伝統文化である。日本は高温多雨多湿地帯である。まず屋根を覆い雨から建物本体を守る工法である。2X4や組石造であれば下から積み上げていく工法だから、屋根からおさめていくという発想自体が生まれない。〔これらの工法は乾燥地帯の住宅工法である〕
子供達はよ~く知っている。工法の違いを。餅まきする建築工法を。単なる餅拾いではないのである。これは日本の気候風土に根ざした建築工法であり、日本の文化としての上棟式・餅まき・餅拾いである。
屋根の上で上棟を仕切る棟梁にとっては、つくる腕の見せ所でもあり。餅をまく棟主にとっては私がこの建物の主の宣言でもあり晴れ舞台の絶頂でもある。何よりも餅まきのその瞬間には不景気の追い払い〔祓い〕でもある。
それにしても弊社がお手伝いさせていただく上棟式には、なんと多くの人たちが餅拾いに集まってくれることだろう。巣舞人に贈られる祝福の拍手は、永久に忘れることのない感動シーンでもある。
良き伝統:上棟式と餅まきは景気不景気に関わらず今後とも無くしたくない日本伝統のひとつである

・いよいよ上棟式前準備 ・秋山孝先生〔左〕と上棟式に参列 ・多くの人々が集まってくる。
・隅餅をまく親子 ・切り餅をわしづかみにしてまく ・一生懸命に餅拾う子供たち